ユニークフェイス講演企画

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2010年12月29日水曜日

第7回レッドフェイスSkype会議(告知)

7回 Skype会議 


日時 1月9日  2130時〜2300時

司会進行 石井政之(NPO法人ユニークフェイス代表) 

テーマ 仕事について 

石井政之SkypeID uniquefce_ishii 



事前に、mixi内にあるレッドフェイスコミュにて趣旨を理解された上で自己紹介を行ってください。
当日は自己紹介の時間などは省きますので、あらかじめ参加者同士でコミュニケーションをお願いします。



2010年12月19日日曜日

ノルウェイの森観てきた(閑話休題)

観てきましたー!

原作は、ほんの6〜7年前に読んだのが初めで、その後何度も読み返してきた作品です。
僕は同じ小説を何度も読み返す性癖の持ち主なので、これは特別な事ではありません。

映画を見て、つくづく思ったのは、「直子」と「緑」は表裏一体。
二人の登場人物として描かれているけれども、僕の中では二人は二人で一人。

自分の恋愛経験から言って、直子的なものと緑的なものを両方持っているのが女性かと。

主人公「ワタナベ」は、この二人を両方救おうとして、そのどちらも上手くやり遂げられない。当然です。人はそんなに合理的にも、論理的にも出来ていない。

人を救うなどという大それた事は、よほどの幸運がなければ成し得ない。

でも、それを追い求めるのが若者であり、あるいは男性であるのかも知れません。

失敗はつきもの、でも失敗すると分かっていてもチャレンジするのもまた男性。
全てを受け入れる、とは誰もが言いがちな台詞ですが、その困難な事と言ったら...。

これって、当事者活動でも同じなような気がします。
決定的な解決など存在しない。
でも、今を生きる。明日を生きる。
そうやって、日々を送っていくのが人生。
そこには感動的なクライマックスはない。

ただただ、毎日がやってくる。
上手くいったと、満足できる日はある。
でも、それすら明日にはどういう結果を生むかは分からない。

自分は今日を生きていて、きっと明日も生きていく。
そうやって、毎日を危ういながらもくぐり抜け、その中で少しずつ物事の本質というものに近づいていく。
しかし、その営みに「終わり」はない。

いくらやっても、やり足りない。不全感。
でも、それに絶望してはいけない。

完璧な達成感などない。しかし、だからこそ人は常に何かにチャレンジしていくモチベーションを保つ事が出来る。終わりのない戦い。
しかし、それは悲しい事ではない。

むしろ、それこそが人生の本質であり、「生き甲斐」であると僕は思います。
落ち込む事はある。打ちのめされる事もある。
でも、明日はやってくるし、僕は生き続けなければならない。

自分自身の「人生」、これに責任を持つというのはそういう事だと思う。

結局のところ、人はそれぞれに欠落感を持っていて、その穴を埋めようと努力している。
それは決して完全に報われる事はないのだけれど、穴を埋めようと努力している間は、人は生きていけます。

これを、命が果てるまで続けるのが人生であれば、このアンチクライマックスの日々は当然の事。

どうやってこれをやり抜くか。
正解は僕もまだ得ていない。一生得る事はないかも知れない。
でも、僕は生き続ける。
前向きに生きる事、ただそれだけを目的として。

2010年12月12日日曜日

再びMFMSさん訪問

昨日はMFMSさんの、「クリスマス・忘年会」でした。

お誘いがあったので、当たり前のように参加してきた僕です。
実はそんなにMFMSさんに協力している訳でもないんですが、いろんな人が集まるので楽しいんですね。

今回はMFの表紙にもなった三橋君(血管腫当事者)と会う事が出来ました。
何と彼、僕の職場から歩いて10分のところにある某大学の出身で、しかも所属していたボランティアサークルの名前を聞いたら、過去にうちの施設に学生が来た事もあったサークルだったりして、世間の狭さに苦笑。
彼は昨日も今日も休日なのに仕事だそうです。営業って大変だなー。

しかし、粕谷さん(アルビノ当事者。実家が市内らしい)といい、ご近所関係が意外と多くてびっくりしますなー。

後は、ヒューマン・ライブラリーでお世話になったレジェップさんと「恋愛話」で話し込み...。年齢差って、結構大きいよねー、などと話していました。
社会人同士なら、多少の年齢差ってどうって事ないけど、20代も半ばを過ぎた、まあまあ大人な人と、二十歳そこそこの学生では、価値観も世界も違っちゃうよね。難しいところです。

その後は朝日新聞の記者の方と話し込み。でも血管腫の話はほとんど無しで(=_=;)
「人の話を聞く」という仕事の難しさについて語り合ってました。
取材対象者との距離のとり方、自分の立ち位置。から始まって、
「なんで新聞は暗いニュースばかり流すのか?」<仕方ないんだけどね
なんて社会派な話題まで。

別に僕は取り立てて目立った技能を持っている訳ではないのですが、得意な事(と言う程でもないけど)が無い訳でもなくて、それが「適度な距離で腹を割って話す」事なんですが、これって意外とみんなやってない。やっていても意識してやってない。

ついでに、僕はそれを言語化する事が苦手でないので、あえてそれを言語化すると...。みたいな話で盛り上がりました。

しかし、記者の人も大変ですねえ。バランス感覚が重要。
いろいろ板挟みになって、ストレスも多いみたい。

とまあ、そんな訳で、またまたいろいろ刺激を受けて帰ってきたのでした。



昨日は終電に間に合ったぞ、と。

2010年12月8日水曜日

普通にやってちゃダメなんだ...。でもね。

これ、ずーっと僕が思い知らされてきた事であります。

勉強でも、恋愛でも、就職でも、仕事でも。

いつも、「普通」にやっていたんでは「普通」になれないんだな、という事。

だけど、「出来ない」訳じゃない。
そこのところが、非常に悩ましい点でした。頑張れば何とかなりそう。

要するに、「努力」する事を求められている。
誰にという事ではないんです。
自分に言われているのでもない。

ただ、感じる訳です。
「普通」にやっているだけでは、先へ(あるいは上へ)は行けない。
その事を実感させられるのです。

それを、ひしひしと感じていたのは20歳前後くらいでしょうか。
高校生から大学生にかけての間くらい。変なフラストレーションにとらわれていましたね。
勉強に集中できないくらい(^−^;)

社会人になってからは、仕事に集中している限り、こういう事はあんまり考える余裕がなくなりました。

今年、リビング・ライブラリーなどを通して僕は再確認しました。いろいろな人に会って、話をして思ったのです。

やはり、「普通」にやっていたんでは何事も成し得ない。

普通の人が、普通に努力して、普通に就職して、あるいは優秀な能力を持って仕事に就いて、でも、その人たちですら一旦「レール」から外れてしまうと、リカバリーが効かなくなっている世の中です。

そんな中で、やっぱり「普通」にやっていたんではダメだなあ。

でも、一方で思うのです。
僕は、今までさんざん「壁」にぶち当たり、普通の人が経験しないでいいような事をくぐり抜け(未だに抜け切る予定は無いが)て来ました。

だから、ちょっとやそっとの事では動じません。
いや、動じるんだけど、大いに苦しむんだけど、その先を考える癖がついています。
今現在、どんなに苦しくても、のたうち回っていても、その先にあると考えられる状況を想像して、そこへたどり着くまでの道筋を思い描きます。

これって、血管腫などの当事者で、今現在普通に社会人をやっている人はみんなそうだと思います。

簡単にはつぶれない。いや、つぶれてもなんとか起き上がる。
そういう意味では、ハングリーなのかも知れません。

だから、今現在苦しんでいる当事者の方には、その試行錯誤が、後に必ず生きる糧になるという事を知っておいて欲しい。

普通の人が、押しつぶされそうな時でも、なんとか持ちこたえるための「底力」。
それを体得する途中なのだと考えて欲しい。

最近、僕は、自分がこれから生きていく上で必要と思われる事を書き出してみました。
書いていったら、10項目になりました。

恥ずかしいので、ここには書けませんが(=_=;)
例えば、「全ての事は自分自身から端を発しており、人の責任という事は無いと知る」とかです。
ああ、恥ずかしい...。

どうしても、責任回避ってしてしまいがちなんですよね。
分かっているんだけど、ついやってしまう。
人のせいにして、しまいには怒りだしたりして...。

話が逸れましたな。

なんでそんな事をやっているのかと言えば、これをやらなければ今以上の自分は無い、と思ったからです。
この先の成長は見込めない。

いや、実はちょっと凹んだんですよ、最近。
で、思った訳です。これではいけない、と。
なので、目標を設定したのです。

こういう知恵も、今までいくつも壁にぶつかってきた経験上、学んだ事です。
文章化する事で、物事が明確になり、それを現実の自分に引き寄せるきっかけにする。

本当にちょっとした工夫ですよね、こんな事。
でも、実際にやる人ってあんまりいない。
僕は今回目標設定した後、毎日何回もこれを「音読」しています。

ああああ。恥ずかしい...。
でもね、これって結構自己教育には役立つのですよ。
なので、こんな地道な事もやっているのです。あらまほしき自分になるために。

騙されたと思って、一回やってみる事をお勧めします(^-^)
って、僕もまだ始めて数日ですが(爆)

とりとめがなくなってきたので、ここまで!

2010年11月29日月曜日

明治大学ヒューマン・ライブラリー

行ってきました。

当日は天気も良く、人がたくさん来てくれそうな予感を持ちつつ現地へ。

10:30からセッションが開始されました。
僕は一コマ目に予約が入らず(後で手違いだと分かったのですが・・・)二コマ目からセッション開始。

6名の方と一対一でお話ししてきました。

僕のところは、何らかの当事者である方が多く来てくださり、一対一という場面設定もあり、話はすごく深いところへ。

振り返ってみると、人生相談のような様相を呈しておりました。

みんな、それぞれに生きていく上で課題を抱えており、同じくマイノリティーとして生きている僕の生き方や考え方を知りたいという感じでした。

故に、内容は僕の個人的な考え方についてのやり取りが大半を占め、さらに僕が自分につけた「本」のタイトルが「僕にとってはこの顔が普通です(^-^)」という、かなり開き直りモードなものであったこともあり、「明るい当事者」「楽天的な当事者」みたいな印象を持っていらっしゃる方多数。

「どうしたら、そんなに前向きに生きられるのですか?」的な質問が多い傾向がありました。

前にも書きましたが、僕は確かに「幸せです」と言ってはばからない人間ですが、実際のところ、人と比べて取り立てて幸せな要素を多く持っている訳ではなく、単に自分の暮らしの中に、「小さな幸せ」を見つける、または作る事によって、「幸せ」を感じられるように工夫をしている人間です。

僕の暮らしの中にだって、ネガティブな要素はたくあんあります。
離婚をした事は、精神的にも金銭的にもダメージがありました。
家を持っていますが、一人で暮らすのにこんなに大きい家は必要ありませんし、はっきり言ってローンだって楽じゃありません。
お給料だって、年々緩やかに減ってきています。

だけどですね、それでも「幸せ」と言える要因を作る事は可能なんです。

独りモンになったけれども、それによってプライベートの時間を自由に使えるようになりました。

軽自動車だけど、念願のオープンカーを手に入れました。

本だって、好きな時に読む自由を得ました。

ガールフレンドとデートに出かける事だって出来ます。

リビング(ヒューマン)・ライブラリーみたいなところに出て行って、人とお話しする機会を得る事が出来ました。楽しいです。

小さな事でも良い。毎日働いて、身の丈に合った楽しみを自分で見つけ、あるいは作り、それを大切に日々を暮らす。

大切なのは、「立ち止まらない事」。
ネガティブな思考にとらわれたり、失敗体験をすると、どうしても立ち直るのに時間がかかってしまいます。
でも、その時間は立ち止まってしまっている時間。

ゆっくりで良いから、一歩一歩進む事が肝心。

「後ろ向きになってしまって・・・」

そんな事ありません。人間、見えている方が常に「前」です。
自分がどっちを向いているのか?にとらわれ過ぎず、とりあえず進む事が大切です。

そりゃあ、後になったらちょっと間違った方向に進んでたなあ、という事はあるでしょう。
でも、気づいた時に方向を修正してやればいい事。

もう一度言いますが、一番怖いのは、立ち止まってしまう事。
立ち止まっている間にも、時間は流れていき、他の人たちは進んでいきます。
つまり、相対的に「後退」してしまっている。

だから「後ろ向き」に感じられるのです。
ゆっくり、一歩でもいいから、進みましょう。
何も、全速力で走れ!と言っているのではありません。
つらい時でも小さな幸せのために、一歩一歩進みましょう。
小さな幸せを集めましょう。

それだけで、自分の人生がより「生きやすい」ものになると僕は考えています。
今日、明日、の幸せが見えているだけでもいい。
いつか、もっと先の幸せに向けた目標に出会えるかも知れない。
そうしたら、そこに向かって進めばいい。

でも、失敗したからって落ち込みすぎる必要は無い。
小さな幸せがあなたを救ってくれる。

そんな話を一日中していました。

あれ?ヒューマン・ライブラリーって、そういうイベントだったっけ?
まあいいや、僕のところに来てくれた人はみんな、「良かったです」って言ってくれたから。

僕もある意味励まされました。
僕が考えている事を伝え、それに同意してくれる人がいたんだし。中には「激しく同意」してくれる人だっていたから。

それだけでも意味があったというもの。

そういう事で、明治大学ヒューマン・ライブラリーは幕を閉じました。
今年はこれでイベントは終わりです。

疲れたけど、達成感もあり、悪い気分じゃありません。
これをきっかけに、また違うアクションを僕も起こしていかなくてはいけないな。
まあ、ゆっくり考える事にします。

以上、明治大学ヒューマン・ライブラリーの報告でした。

2010年11月27日土曜日

ふと思った事

「情けは人のためならず」という言葉の誤用が多いという話をよく聞きます。

本来の意味は、「人に情けをかける事は、いずれ自らを助ける事になるよ」という意味な訳ですが、「情けは人のためにならない」という誤用が多いという事です。

でも、最近思うのは、世の中的に「人に情け」をかけても報われない感じになってきているのでは?という事です。

実際、自分も含めて周りを見回して観察していると、考えさせられる事が多いです。

僕が観察している中で発見した事は、

「身近な人からの情けほど軽んじられる」

一方で

「ちょっと離れた立場の人からの情けはありがたがる」

という事です。

具体的に話してみましょう。例えば職場での場合。

社外の人からのフォローなどに対しては、非常にありがたがって、なんとか恩を返そうとする人が多い一方で、同僚からのフォローは受けても当然、という態度の人、なんかがそうです。あるいは、同僚からのヘルプは平然と受けるのに、上司からのヘルプは大いにありがたがる。

仕事という事で、確かに外部の人(または上司)に対して恩を売り、または返す事は、理にかなっています。つまり、その後に帰って来るリターンにビジネス的には価値があるのです。

ところが、これがプライベートでも同じようなことが起きだすと、人間関係がおかしくなってきます。

例えば、恋人(あるいは夫、妻)が一生懸命フォローしてくれる事に対してはたいして感謝もしないのに、他の友人から親切にされるとやたらとありがたがり、お礼をしたがる。というものです。

確かに、恋人(夫婦)は、既に関係が出来ているので、そこにさらに「情け」という投資をする事は短期的に見るとあまり価値のない行為です。

そこへ行くと、外部である友人たちに「情け」をかけたり、かけられたりする事は、新たなメリットを生み出す可能性が高いので、投資する価値があると判断できます。

さて、ここで重要なのは、人の「感情」というやつです。金銭や、楽しみなど、目に見える形でのメリットがなくなり、その関係性自体に価値がある(はず)の場合です。
「釣った魚にえさをやらない男」とは、よく言われる事ですが、これが今の世の中では全体的に行われている傾向があると僕は見ています。男性に限りません。

そういう状況に、人がどれだけ耐えられるものなのか?
たいして耐えられないと思いますね。

そうするとどうなるかというと、恋人関係なんかは長続きしなくなりますよね。
実際、半年、とか1年、とかで別れるというパターンを繰り返している人が散見されます。

結婚関係でもそうですね。最近は離婚率が相当上がっています。
もちろん、全部がそうとはいえないけれども、ある程度の割合の人たちは、こういう「人との関係の取り方」に問題があって失敗しているのではないでしょうか?

短期的な利益にばかり目がいって、身近な大切な人に対する感謝が薄くなる。
そうすると、人は孤立化していく。一見見、仕事などではちゃんとやれているので気づかれにくいですが、プライベートを見たらひとりぼっち。という事が起こる訳です。

ビジネスでの関係は、あくまでビジネスであって、プライベートでの関係までを保障するものではありません。これは当然です。
プライベートの関係は、その人の人生に大きく関わる問題ですが、割とないがしろにされる傾向があります。

こういうのって、問題だよなー。
NHKで「無縁社会」というのをやっていますが、こういうのも関係しているんじゃないかなー。

本来、家族(恋人含む)の関係というのは、常に補強していかなければ継続して良い状態を作れませんから、昔の人はこれをすごく大事にしたんですよね。親には感謝しろ、とか子は大事にせよ、とか。
それが最近では様子が違ってきている。

はっきりした根拠は示せないけれども、僕はそういう風に感じています。
うーん。根が深いな。

2010年11月26日金曜日

近況報告

またまたお久しぶりの更新になってしまいました・・・。

先日のSkype会議ですが、参加希望者が10名を超え、どうやらSkypeの会議通話の制限人数を超えてしまったようでした。
なので、全ての人に参加してもらう事は出来ませんでした。ごめんなさい。

しかも、僕はMacに乗り換えたばかりで、MacのSkypeのバージョンがまたWinよりも遅れているために、僕はホストとしての役割すら果たす事が出来ませんでした。

うう、反省。

そもそもmixiの非公開コミュニティーである「レッドフェイス」の会議であった訳ですが、事情があってtwitterでも告知を打ってみたら、思いのほか参加希望の方が集まったのでした。

恐るべし、twitter。

Skype会議の方は、次回は12月12日に行う予定です。時間は2200時から。
今度はテーマを決めて、人数制限もする予定。
今のところ、テーマは「福祉」ですが、ちょっと一般の人には取っ付きにくいかな?という事もあり、「幸せ」について語り合えれば良いかな、と考えています。
「福祉」と「幸せ」って、意外と近い関係にあるんですよ。

さてさて、いよいよ明後日28日は、「明治大学ヒューマン・ライブラリー」ですよ。

個人的には今年最後のイベントになります。
当日は10:30〜を皮切りに、15:50〜まで8セッション(!)を行う予定です。
明治大学でのイベントは、基本的に1対1での対話になるようです。
かなり内容が濃いものになりそうですね・・・。
それだけの内容が用意できているか、心配ですが。<他人事か

現在、本業の方でもいろいろ忙しく動き回っているので、更新が遅れがちですが、このブログも続けていきますよ!

とりあえず明後日、お暇な方はどうぞ明治大学駿河台キャンバスまでいらっしゃいませ。
リバティータワー8Fで行われます。
お待ちしておりまする〜。

2010年11月14日日曜日

MFMSさんにお邪魔してきました!

お久しぶりの更新です。

さて、獨協大学のリビング・ライブラリー以来、目立った動きをとっていなかった僕ですが、昨日はMFMSの外川代表からお呼ばれして、ホームパーティーに参加してきました。

参加者はMFMSさんの関係者の方と、リビング・ライブラリーつながりの学生さん(なんと先生も一名参加されていました!)。

20名くらいはいたんでしょうか?数えなかったので分かりません・・・。

とにかく、半数以上の方とは初対面でしたが、いろいろな人とお話しできて、とても有意義な時間を過ごす事ができました。

僕個人の話をすると、11月28日に行われる「明治大学ヒューマン・ライブラリー」に参加する事が決定しました。

いや、何でも、僕が参加する事は決定済みだったそうですが、なぜか僕の携帯に連絡がつかず、どうしたものかと困っていた様子。
昨日、直接僕の担当であるレジェップさんに会う事ができて、ゆっくりお話ができたので、良かったです。連絡先もあらためてお伝えして、これで何とかなるかなー?

18時過ぎから参加したのですが、参加者が多く、とても全員の方とお話しする事はかなわず、23時前にMFMSさんを後にしたのでした(実はこの後大変な事になったのですが・・・)。

血管腫当事者としての話ももちろんしましたが、本業である福祉についての話もかなり盛り上がり、そういう意味でも楽しい経験でした。
いやあ、僕が普段仕事で感じていた事はやっぱり間違いじゃなかった!
同じように考える人たちがいるという事を知るのは、すごく励みになります。

これって、当事者同士でも同じ事なんですよね。
直接話をする事で、体験を共有できて、共感できて、同じように大変な思いをしている人はいるけど、みんなそれぞれに頑張っているんだ、と、はっきりと知る事ができるのです。
これはものすごーく、励みになりますよ!

という事で、今日はこれから「レッドフェイスSkype会議」です。もはや、レッドフェイスだけではなく、ユニークフェイス全体の活動になってきそうな気配があります。




で、昨日のオチですが。

急ぎ帰途についた僕は、半蔵門線、丸の内線、と乗り継ぎ、池袋に到着したのですが、なんと!「終電が目の前で出発した」のですorz....

幸い、僕の最寄り駅の一つ前の駅まで行く電車がまだあったので、それに乗って帰ってきました。1時前に終点に到着して、タクシー乗り場へ行くと、案の定長蛇の列。

仕方なく、一駅分歩いて帰ってきました。30分くらい歩いたかな・・・。
ようやく最寄り駅までたどり着き、パークさせておいた自分の車に乗り込み、自宅に着くともう1時半・・・。

長い一日でした・・・。が、今日も朝は8時に起きていろいろ予定をこなした僕です。
今はやっと一息ついて、この原稿を書いています。

後30分くらいでSkype会議が始まります。
さて、今日は初めて参加される方もいらっしゃるので、どういう展開になるか。
きっと楽しい経験になる事でしょう!

その報告はまた後日!

2010年11月1日月曜日

獨協大学リビング・ライブラリーに参加してきました!

行って来ました、獨協大学。

前日から台風の影響で、開催が危ぶまれるという危機がありながらも、無事開催されました。

今回は、あまり形式ばらずに、世間話でもするように話をして、結果、脈絡ない話になってしまって少し反省。

でも、気づいた事がありました。

それは、リビング・ライブラリーで、(マイノリティー)当事者が、「一般の人」に発信する。
その内容、本質は何か、という事です。

初めは、「ユニークフェイス」という問題を認識してもらう、社会的認知を上げる地道な取り組み、くらいに思っていたのですが、リビング・ライブラリーでそれをやるのは効率が悪すぎます(悪い意味で言っているのではないですよ。最後まで読んでね)。聞いてくれる人の数が圧倒的に足りないからです。単純に数の問題。影響を与えられる範囲が、ごくごく限られるという意味です。

だとしたら、「本」を「読みに」来てくれる人が持って帰る「何か」とは何か?

を、考える必要があると思った訳です。
単純に、社会的弱者や少数の人の、普段あまり聞けない話を興味本位で聞きに来る、では考えが浅すぎると、我ながらに反省。不勉強にも程があるな。

で、仕切り直しです。話を聞きに来てくれた人は、何を持ちかえるのか?

「気づき」これはすぐ出てきます。しかし、抽象的すぎる。
いや、抽象的である事は構わないのですが、僕の中ではスッと腑には落ちない。

何かなあ…。と、話をしながらずっと考えてました。

当事者である自分が、一般の人に対して与えられる「気づき」それは実際のところ何か?

はっ!

それは、僕は顔に痣はありますが、幸せに生きてますよ、という事ではないか?

顔に痣があっても幸せになれる。しかしその論理の裏には、顔に痣がなければ当然に幸せになれる、という論理の存在が必要です。

しかし、現代社会では、誰もが程度の差こそあれ閉塞感や、危機感にさらされています。

つまり、単純に「幸せです」と言える世の中じゃないのです。

と、なると、顔に痣がありながらも「幸せです」と発言する人間の存在は、ある意味レアです。

では、何でこの世の中で「幸せです」と言えるようになるのか?というところにポイントが移ってきます。

実際のところ、僕は、「まあいろいろあるけど、概ね幸せです」と言っているに過ぎないので、実情は他の方と大差ない訳ですが、これは「認識」の問題です。

自分が「幸せである」と認識する事が重要なのです。

いやいや、宗教の話をしているんじゃあありませんよ。


自分が「幸せ」と思える状況を、自分で作る工夫をしていますか?


自分が「楽しい」と思う事をやっていますか?やる工夫をしていますか?


自分を肯定的にとらえる事が出来ていますか?


そういう事を僕は言いたいのです。うん多分そう。

自分の人生を充実させたければ、自分で何かをやるしかない。
自分が得をするためには、自分で動かなければならない。

当然の事です。種を蒔かなければ木は生えないし、当然実も生らないのです。

しかし、「社会のせい」にしてませんか?「時代のせい」にしてませんか?「国のせい」にしてませんか?

そうやって、他の何者かに、自分の人生の責任を押し付けていませんか?

あああ、なんだか偉そうになってきたな。
僕は偉くはありません。
これは自分自身に対する問いかけでもあるのです。

「お前は何かに責任転嫁して分かったような顔してるんじゃないか?」

と、自分自身に疑問の言葉を突き付けているのです。

これ、なんだか重要な事のように思います。
なので、ここに記録、っと。

なんだかリビング・ライブラリーから話題がかけ離れてきたので、この話はここで終わり。

当日までの準備から、当日の運営まで、学生さんたちはよく頑張ったと思います。
大変だっただろうと本当に思います。

先日の駒澤大学でも、今回の獨協大学でも、学生さんたちは本当によくやったと思います。
もっと上手くやる事は出来るかも知れませんが、ベストを尽くしていた事は分かりました(褒め過ぎかな?)。頑張っている若い人たちを見るのは気持ちが良いものです。って、おっさん化しているな、自分。


「ゆき」さん。よく頑張りました。<誰だよ!(まあまあ、サービスですw)


今回僕に「本」としての参加の依頼に来た担当の学生さんと記念撮影。写真、大き目に載せといたぞ、と。

さてさて、今年はまだ終わりではなさそうですよ。
どうやら本当に明治大学さんでも「本」として参加する事になりそうです。
その辺はまたおいおい。まだ正式な話ではないのでね。

2010年10月25日月曜日

獨協大学リビング・ライブラリー

今月10日に行われた、駒澤大学でのイベントを皮切りに、今週日曜日31日に獨協大学で行われる「リビング・ライブラリー」に「本」として参加します。

興味を持たれた方はぜひお越しください。
当日は獨協大学の学祭も行われます。

僕がこれまで34年間生きてきた「ナマ」の体験を赤裸々に(?)語る予定。
今回はさらっと自分の半生を語った上で、僕を「読みに」来て下さった方と色々語り合いたいと考えています。

痣があるからこそ体験してきた事が沢山あります。
一方で、痣があっても普通にやってきたという現実があります。

一社会人として、生きにくさを感じてきた事もたくさんあるように思いますが、それでも今は普通に暮らしています。

これからは自分の「当事者性」を生かしながら、「支援者」としての活動も充実させていきたいと考えています。

そのためのこのブログですし、ここを起点として様々な形で情報を発信していきたいと考えています。

まずはお気軽に相談ください。血管腫など、見た目の問題を抱えている人はもちろんの事、日常生活で生きにくさを感じている人にも興味を持ってもらいたい。
だから、ユニークフェイスでは無くても、僕の答えられる範囲で、どんどん相談に乗って行きたいと考えています。

僕の経験は大したことは無いかも知れないけれど、仕事上たくさんの人とコミュニケートしてきました。

おしゃべりは僕の得意としているところ!

まずはリビング・ライブラリーでの僕の話を聞いてから考えてもらえれば、とてもうれしい。

まだまだ形になるものはたいして成し遂げていませんが、出来るだけ多くの人にこの問題を認識していただいて、僕なりの言葉で語りたいと考えています。

夢は独立起業!

今はそのための仕込みをしている段階。
リビング・ライブラリーのような活動を行う中で、自分に出来る事を煮詰めていきたい。

やらなきゃならない事は山積。
でも、一つひとつクリアしていきたいと思います。

今僕に一番必要なのは、多くの人との出会いと、関わり。

リビング・ライブラリーを通してたくさんの人と直接コミュニケーションを取りたい。
まずは相談事業。そして「足を使う」フットワークの良い、敷居の低いカウンセリング活動を武器に、社会に対してアクションを起こしていきたいと考えている次第。

ユニークフェイス、見た目問題、これらを起点にアクションを起こしていきます。

あとは、地域の活性化!地元所沢で面白い事が出来たら、というのが当面の目標。

多角的に「社会」というものに関わり、自身の成長を図り、あわよくば社会に貢献できる活動も行っていきたいというのが僕のプラン。

まだまだ経験、知識共に足りない事は重々承知!

試行錯誤の中から活路を見い出したい。

お互いに得るものがある「ウィン・ウィン」な関係を構築できれば、こんなに嬉しい事はありません。

皆さんのご来場をお待ちしております。

2010年10月16日土曜日

若い当事者に伝えたい事(チョー現実的な話)

若い人に伝えたい事。あるいは若い当事者のお子さんを持った親御さんに伝えたい事。

実はいっぱいあります。

でも、とりあえず、これだけは絶対誰でもブチ当たるよな、ってやつを一つ。


それは

就職問題


血管腫が顔にある。これでどれくらい苦労するか?
考えると暗い気持ちになりますよね…。

実際、大変な苦労をされる人もいます。
僕はたまたま運よく社会人になりましたが、これは全くの「運」でしかありません。

でも、この年になるといろいろ見えてくる事もあります。

顔の事を考えると、将来が不安で仕方ない。

どうしたものかと途方に暮れる。

そんなあなた!

悩んでいても仕方がありません!まだ先の話!

でも、先の事に対して「準備」する事は出来ます。

たとえば、資格を取る事。

それも、その資格を持っていないと出来ない職業になるための資格。

難しいものでは

医師、弁護士、なんかがトップですよね…。

でも、難しいものばかりではありません。

看護師

まだちょっと難しめかな…。

簿記とか取ってみるのは?

これは何とかなりそうかな?

調理師

ではではこれは?

システムエンジニア(ピンからキリまでありますが)

体力に自信があるという人だったら

大工さんなど建築関係

貨物など輸送関係

などなど、具体的に考えてみましょう。
自分の適性に合わせて選べばよいのです。

ポイントは、そんなに人前で働かなくてもいい職業、または、見た目が問題とされない職業。
でも、マイナス思考で言っているのではありませんよ。

上にあげた職業は、あくまでも社会に出るための「とっかかり」でしかないと考えてください。

本当にやりたい仕事がある。それもとても大切な事です。
ですから、それを捨てなさいと言っているのではありません。

むしろ、その夢を実現するために、とりあえず食べていけるだけの職を手に入れましょうという提案です。

ユニークフェイスであるという事が、就職にあたって壁になる事があるという事はもう書きました。

ですから、まともにやったら実現に時間がかかる、と捉えてください。

たとえば、大学を出て、すぐに望んだ職に就く。それはよほど良い出会いが無いと難しいかも。

だから、とりあえず学校を卒業した時点で、最低限仕事にありつく事を第一目標にするというプランです。

とりあえず就職して、働きながら「自分が本当にやりたい仕事」に向けて努力する。

そして、とりあえずの就職にしても困難が予想される「ユニークフェイス」であるからこそ、資格という力を手に入れておく。

そういう事を、出来るだけ若いうちから考えた方が、結果的にリスクを回避できると思うのです。

だって、自分が今後悔しているから(=_=;;)

とりあえず看護師とか取っておけばよかったよなー。人手不足の業界だし。
とか思うのですよ。実際。

だから、分かりもしない先の事でくよくよするより、現実的な事も考えてみましょう!
思いのほか気持ちが楽になるかも?目に見える目標の方が頑張れるかも?

とりあえずなってみた職が、天職だったりして?そんな事だって、無いとは言えない!

2010年10月11日月曜日

ユニーク・フェイスいじめ相談やります!

ユニーク・フェイス当事者、またはそのご家族の方。

いじめ問題で困っていませんか?

僕が出来る事を書いてみますね。

まず、僕がいじめを受けているという相談を受けたら、その学校に乗り込みます!(すみません、交通費とかはご負担下さい…)

そして、担任の先生と話します。善後策を協議。

必要であれば、全校生徒の前で講演みたいな事だってやります!

何で全校生徒に講演かって?

「見た目に問題があるからって、差別したり、ましてやいじめるなんてナンセンスだよ!」
と、僕は話します。

学校として、そういう取り組みを行うからには、その後に「見た目」を理由にいじめが起こるなんて事は責任問題になります。

学校の先生も、気を配らずにはおられない立場に置かれますね。

つまり、抑止力です。公になってしまった問題を、繰り返す訳にはいかないはずなんです、学校としては。

それに、話を聞いて、ちゃんと理解する生徒さんもいるはずです。

そして、きっと状況は好転します。

それでも状況が改善されなければ、教育相談とも連携を取ります。スクールカウンセラーだって活用します。

いじめられたご本人に関しては、僕がメンタル面でサポートします。

今まさに、問題に直面している方!ひとまず僕に連絡をください。
ケースごとに、僕が実際行えるプランをお話しします。

とにかく、サポートする人間は確保しておくにこしたことはない、と僕は考えています。

気になった方は、まず僕に連絡をお願いします。
出来る範囲で協力させていただきます。

駒沢大学リビング・ライブラリー

行って来ました!

駒澤大学リビング・ライブラリー

10:30からを皮切りに、30分のセッションを5回。計13名の方が僕を「読みに」来て下さいました。

人数が少ない?いえいえ、無名の僕のところに話を聞きに来た方が13名もいらっしゃったのですから、これでも大成功です。

まあ、僕のしゃべり自体は大成功からは程遠いものであったように思ふ。

今日、NHKさんからお借りしたビデオカメラで撮影した当日の僕のしゃべりを見て、一人反省会をしました。

5セッションのうち、4セッションを録画しましたけれども、やればやるほどブレてますねえ。
だいたい言っている事は同じなのですが、起承転結がはっきりしないのがダメです。

修行が足りませぬなあ。これから獨協大学のリビング・ライブラリーに向けて、本格的に準備に入らなければならないので、喫緊の課題であります。

さて、そんなこんなで終了した、駒澤大学のリビング・ライブラリーですが、当日お話しさせていただいた内容を簡単に報告させていただきます。


「見て見ぬふりしていませんか?ユニーク・フェイスという問題」

顔に痣や、奇形など、何らかの外傷や疾患によって、普通の人とは違った外見を持っている、「ユニーク・フェイス」。

その置かれている現状については、なかなか社会的認知度が高まっていないというのが現実です。

当事者がシャイで、なかなか表だって自分たちの問題を発信できないというのが一つの原因でもありますが、絶対的に少数である事もまた事実。

さて、そんな、社会から認識されていないが、深刻な問題を抱えている「ユニーク・フェイス」当事者。
その問題とは?

いじめにあってしまう。

人間関係を築くのに苦労する。

恋愛もままならない。

就職もなかなか困難である(これが一番問題)。

接客業、営業職、サービス業全般。つまり、一番就労人口が多い分野において、ユニークフェイス当事者は就労困難に直面している。

どうしたらこの問題が解決されるか?当事者として、一般の人にどうしてもらいたいか?

からかいや、差別(意識的、無意識的問わず)。こういうのはとってもつらいです。

ですから、「想像力」を働かせて欲しい。簡単に言えば、思いやりです。

見た目は確かにちょっと違っています。普通とは言い難い。
でも、感じる事、考える事、思う事は普通の人と何ら変わりはありません。

ですから、例えば自分に痣があったら?
普通に仕事をする能力があるのに、見た目だけで就労できないってどう思いますか?

と、問いかけてみた訳です。

ナンセンスですよねえ。仕事に就きさえすれば、普通に能力を発揮するのに、その機会が与えられないなんて、こんなに残念な事はありません。

だから、この問題を知った人は、そういう「見た目」に問題を抱えた人も、やはり普通の人間なんだという事を理解して欲しい。

腫れ物に触るような対応をする必要はないと思う。ごく普通の人と接するように、普通に礼儀を尽くし、普通に接して欲しい。

何も考えず、反射的に避けてしまったり、ジロジロ無神経に見つめてしまったり、からかってみたりというのは、とても残念ですし、つらいです。

だから、そういうちょっと見た目に普通でない人がいても、同じ人間として、普通に接して欲しい。
「その顔、どうなさったんですか?」同じ職場で働いたり、同じ学校に通ったり、近所に住んでいたりしたら、聞いてもらって良い。

聞かれる事には慣れています。それに答える事で、人間関係が広がるのであれば、それはウエルカムです。

でも、世間に出るだけでおっかなびっくりな人がいる事も事実です。
出来れば、そういう人でも勇気を持って社会に出て行く事が出来る。そんな世間になってくれたら良いなあ。

それが出来るのは、今日、話を聞きに来て下さった皆さんかも知れません。
ユニーク・フェイス、という人たちがいる。

でも、中身は普通の人なんだよ。

見た目だけで差別するのはやめようよ。


そんな事を呼び掛けてきました。

写真は、懇親会でのひとコマ。

一枚目は、左から駒澤大学の学生さん、脱毛症当事者の岡村さん、そして僕。
二枚目は、左からアルビノ当事者の粕谷さん、そして学生、マイフェイス・マイスタイルの代表の外川さん。

楽しい時間を過ごす事が出来ました。とーっても疲れたのも事実ですが。充実感は大!

さて、これから獨協大学のリビング・ライブラリーに向けて本格的に動き出さねばなりません。
まだまだ、走り続けます!


2010年9月29日水曜日

公私ともども

めまぐるしく忙しいですねえ。

仕事は仕事で、淡々と進みながらも、すぐに対応しなければならない事項などがちょこちょこと起こっていて、まあ充実しているといって良いのかな?

お仕事があるというのはありがたい事です。たとえトラブル含みでもね。



リビング・ライブラリー関係も、僕の頭の中ではだいぶまとまってきました。

話の「幹」にあたる部分は大体固まったかな。
あとはどういうアプローチでそれを語るかですね。これはちょっと悩みどころ。
もうちょっと考えを深めてみるつもり。

駒沢大学と、獨協大学で、全く違ったスタンスで話すという事をやってみたいと思っているのですが、上手くできるかどうか…?まあ、出来たか出来なかったかは僕にしか分からないという、とても個人的な取り組みですが(笑)



それはさておき

最近、ユニークフェイス関係でいろいろと考える事が多くなって、様々な情報を整理していく中で、自分の立ち位置というものに考えが及ぶようになってきました。

本来「当事者」である訳ですが、リビング・ライブラリーのように「公」の場で発言するにあたって、ある程度の「責任」が生じると考えたのです。
なので、ある程度の「客観性」を視点として持つ必要が生じました。

仕事などでもそうですが、一社会人として「話す」からにはそれなりのルールというものがあります。

当然、リビング・ライブラリーのような場で話す際にもそのルールは適用されるというのが僕の基本的な考え方です。

ですから、話そうと思っている事は、打ち合わせでなるべく隠さず話しましたし、重要であると思うものについては文章にして渡してチェックしてもらうという事までしています。
実際やるのは結構苦労だろうな、と考えて取りかかりました。

ところが、思いのほか何の苦もなく出来たのです。
いえ、それは僕が素晴らしく優れた「客観性」を獲得したという話ではないのです。
自分が求めるレベルにおいては達成されたという話です。

さて、どうして自然に出来たのかなあ?

「客観性」を求めてみたところ、ところがそれはすでに僕の中にあった、というのがこの話のオチなのですが、それが僕のこの10年間の間に起こった変化であったというのが発見です。



その発見というのが、自分が「当事者」から「支援者」へとスタンスを移しつつあるという事だったのです。
こういうブログを作るくらいですから、当たり前だろうと思われる方もいるかも知れませんが、事はそんなに単純ではありません。

このブログを作った動機は、ユニークフェイス(主に血管腫の方)の相談を受けてみたい。それをサービス化する事は出来ないだろうか?という現実的な選択肢の一つであったからです。下心と取られても仕方ないかな?
そこには好奇心、向上心のようなものはありましたが、自分を「支援者」にするという考えは持っていませんでした。ええ、驚かれるかも知れませんが、考えていませんでした。

「支援者」になりたいとは思いましたが、自分の考え方がすでに「支援者」化しているというのは想定外です。

どうしてそうなった?か。

まず第一に考えられるのは僕が仕事上は既に10年以上「支援者」であったからだというのがあります。
障害者福祉の現場で「支援者」を続けてきているという事です。

そして第二に考えられるのが、僕が大学で「臨床心理学」を学んだという事です。
大学を卒業した時点ではそれは全く知識だけで役に立たない程度の物でしたが、社会人として何とか12年?やってきた事によって、多少の役には立つレベルになってきたという事でしょうか。
知識の大部分はどこかに行ってしまいましたが(=_=;;)

そして最後に考えられるのが、この数ヶ月間で実際に当事者同士でやり取りをする中で、自分は既に「当事者」性を失いつつあり、相対的に「支援者」的思考が優位になっているという事でした。



そうです。僕は、自分が子どもの頃にどんなつらい思いをしたか、どんな気持ちで毎日を送っていたのかを、心から感情を伴って話す事が出来なくなっていたのです。

つらかった、きつかった、悔しかった、それは覚えている。

でも、もはやそれは過去であって、今の僕の中には基本的に無い。
人の話を聞けば、「ああ、そうだった、そうだった。僕もそうだったよ!」と共感できるのですが、今の僕には現実としてその手の葛藤はもはや薄い。

そして、その代わりに「今苦しんでいる人に何か言ってあげられる事はないだろうか?」「今まさにいじめられている子のために何かできる事はないだろうか?」
そういう考えが、頭の中に浮かびます。

なるほど、「支援者」化している。
そして今のところ、その変化は僕にとって好ましい事です。
僕としてはこの発見を、うまく自身のある種の資質の向上につなげたいと考えています。

頭の中で、形にならないものが形を持とうとしているような、そんなわくわくした気分を抱きながら。

2010年9月25日土曜日

各ミッションの進捗状況

9月25日現在の僕の近況です。

駒沢大学リビング・ライブラリー打ち合わせ:9月28日夕方に予定。本番は10月10日(日)

獨協大学リビング・ライブラリー打ち合わせ:本日終了。今後はメールで。本番は10月31日(日)

NHKさんの話:9月21日。ディレクターさんとお話。今後はまだ未定

第4回レッドフェイスSkype会議:10月3日か10日の22時からを予定。日程調整中。

ユニークフェイスSkype雑談:僕に余裕があれば月2回くらい呼び掛けたい…。

社会起業支援サミット:10月3日(日)早稲田大学にて、参加予定。


駒沢大学の学生さんとはこれで3回目の打ち合わせになりますねえ。
開催まで2週間ですから、最後の詰めになるかと思います。

獨協大学の学生さんとは初めての打ち合わせでしたが、やる事がマニュアル化されているようで、ある意味スマートなやり方なのかな。ある意味ちょっと物足りなかったりして・・・。

NHKさんとのお話ですが、会う前に一度電話で2時間近く話をしていたので、結構突っ込んだ話になりました。
社会に向かってカミングアウトできる人と出来ない人がいて、僕はたまたま出来る方なようですが、どうしてその壁を越えられたのか?とかですね。

パーソナリティーの問題だと思うのですが、当然成育歴が大きな要素として考えられる訳です。
いつの時点で僕がその壁を乗り越えたのか?の特定とか。

ある日突然「越える」事なんてないので、大体いつ頃か、という話になった訳ですが、よくよく考えてみれば物心ついた頃から親に教わっていた事の積み重ねであったのだろうと推測されました。

どこにだって連れて行かれたし、誰にだって会わされていましたので、人前に出るのは「嫌だな」と思っていても「慣れて」しまったというのがどうやら結論かなあ。

人に会えば「その顔はどうしたの?」と必ず聞かれましたし、その度に「これは血管腫といって、血管がたくさん集まってるの。痛くないし、うつらない」と答えるのが当たり前でした。

転校を2回しているというのも影響しているようです。
イチからの自己紹介の回数が確実に増えましたから。

でもまあ、僕にとってはかなりの負担だったのも確かです。誰かにお勧めできるような方法じゃありませんねえ。とはいっても、他に良い方法も考えつかないのも確かですが。
あとで母から聞いた話ですが、2度目の転校をした頃(小学4年生)の僕は母にこう言ったそうです

「(痣の話をするのは)初めだけなんだよね。あとは普通なんだよね」

うーん。その通りであるとも言えるし、強がりにも思える。両方なんでしょうが。

ディレクターさんは、僕を育てた母の育児に興味をもたれたようでした。
いやあ、興味が沸いたら徹底的に調べますねえ。さすがディレクターさんは違う!

しかし、そもそもの番組の意図と微妙に離れてきたような…?小中学生向けの道徳の番組だったよね?育児番組になっちゃいそう(^-^;;)


まあでも、こういう件に興味を持つ第三者が増えるというのは良い事です。
出来る範囲で協力していきます!

2010年9月15日水曜日

遺伝について

ナカタニさんのブログで、血管腫の遺伝について情報がアップされました。
http://tomosannet.seesaa.net/article/162660964.html

スタージ・ウェーバー症候群では、非遺伝性だが、少数の家系に遺伝的素因が確認されている。ただし、いまだ結論を得るには至っていない。

単純性血管腫(PWS)についても、多くは散発的(遺伝ではない)だが、一部については家族性のものもみられる。

しかし、この情報の中で重要なのは、「単純性血管腫は遺伝でも起こりうる」という情報ではありません。

多くの単純性血管腫当事者が悩んでいる「遺伝」の問題というのは、自分の家族、家系(親族)に、一人も血管腫を持っている人がいないのに、自分(あるいは子ども)が血管腫を持っている。

という条件においての悩みである事が多数であると思います。

つまり、この条件下で考えると、やはり「単純性血管腫は遺伝しない」という結論に至るという事です。

先のナカタニさんが調べてきてくれた情報における、遺伝性の血管腫というのは、その家系に特有の物として血管腫が発生するという例です。

なので、まるで親族内に血管腫など見当たらない、という人は「遺伝の家系」ではないと考えられ、そうすると、血管腫を持った人はあくまでも「散発的」に血管腫を発症した、と考えられる。

「散発的」に血管腫を発症したという事は、遺伝しない可能性が高い。

そう考えられると思います。
ですから、これは僕の個人的な考えでありますが、「血管腫は遺伝するか?」という問いに対しては、やはり「遺伝しない」というのが答えです。

ですが、今後このような質問を受けた場合は、「家族(親族)内に血管腫の人はいますか?」という確認をする必要性はあると思います。

もし、「家族(親族)に血管腫の人がいる」と言われた時には、遺伝性の可能性があるので、Drにきちんと聞いてみて欲しい、と答えるべきでしょう。

また、単純性血管腫ではなく、海綿状血管腫などの遺伝については、引き続き調べていく必要がありそうです。

情報は重要ですが、その示す意味についてはきちんと吟味する必要がありますね。
血管腫が遺伝する場合もある、という情報が独り歩きするのは、現時点では間違った事であると僕は考えます。

「少数の遺伝家系」でも「家族性の物」でもない多くの血管腫は遺伝しない、という事です。
その事を、きちんと説明できるようにしていかなければなりません。

僕も、今回の事で勉強になりました。情報をきちんと集めるという事はとても大事ですね。

ナカタニさん、ありがとうございました。

2010年9月6日月曜日

第3回レッドフェイスSkype会議

昨日9月5日22時から24時過ぎまで行われました。

今回は僕を含めて5名が参加。うち4名が当事者で、1名が支援者です。

人数が少ない事や、女性が多めの会となったためか、ワイワイと楽しいおしゃべりの時間となりました(会議じゃ無いじゃん!)。

血管腫が遺伝するかどうか、という話から始まったのですが、これに関しては全員が「遺伝しないと言われている」と口をそろえて言いました。

医学的にも遺伝するという見解は今のところ無いというのは確かなようです。

それでも、「遺伝するんですか?」と人に尋ねて回りたくなる当事者の心境は複雑かつ深刻です。

結婚、出産。

誰もが経験する可能性がある重大イベントです。もし「遺伝する」という話になれば、すべてが水泡に帰する可能性があるのですから。

レッドフェイス(説明が遅れましたがmixi内の血管腫コミュニティーです)としては、全面的に「遺伝しない!」と、しかしながら個別に発信していく事になりました。色々な人から「遺伝しないよ」って言われた方が安心しますからねー。
この件に関しては「安心」が大切。

で、そこから話がそれまして…。

「手塚さんはどうして結婚できたの?」という、爆弾発言(?)により、恋愛話に一気に突入!(ちなみに現在は独身)

え?僕がどうして結婚できたのか?どうして彼女が出来たのか?
それはですね…。

つまるところ、「努力」の賜物ですかねえ…。

これは血管腫がある男性なら、誰もがそうだと思うのですが、「合コン」のような一回こっきりの出会いでは、血管腫の男性は自分の魅力をアピールする事は難しいです。

パッと見で「ハズレ」と判断されてしまえばそれで終わりですし、「セーフ」と判断されてもたかだか数時間の間では見た目のハンデを克服するのに一苦労。

なので、血管腫の人は(これは男性でも女性でもそうですが)、ゆっくりと時間をかけて作り上げた人間関係の中から相手を見つけるという傾向があります。

初めに出会い、話をしたり、一緒に遊んだりするうちに友人になり、そして…。

というパターンです。実際、これが一番確実で、リスクが少ない(^-^;;)
そんな中で僕がする努力と言ったら、とにかく口説く、口説いて口説いて口説きまくる。
甘い言葉をささやきまくる!(あー、こんなこと書いてていいのかなー)

相手の好みや特徴から、どんなライフスタイルを好むのか、どんな将来を思い描くのか、とにかく考える!相手が好きだという映画があればそれを見て、好きな本があると言われればそれを読む!

で、それでもその人が好きだと思えたら…。という話です。
まあ、一部脚色が入っていると思ってください。フィクションだという事にしていただいた方が僕としては助かります(=_=;;)

ピンポンパンポーン

「親族の方へ連絡します。これを読んで過剰反応しないようにお願いいたします」

ピンポンパンポーン

えっと、本筋に戻りましょう。
つまり、まあ普通の男性がしているのと同じ努力をしている、という事でしょうか。
違うのは、ちょっとばかりスタートラインが手前にある、という事。
それが大きい、という想いは良く分かりますが、現実は現実として受け止めねば前に進めませぬ。

他にも、自分は血管腫でも人一倍モテた!という豪気な話もあったりして、色々な人がいるという事を知りました。
人よりモテるなんて信じられない!!
でも、そういう人だっているんですよ。
つまり、工夫次第だって事なんでしょう。

僕の努力なんてまだまだフツーの範囲内だよw

あとは当事者活動をやっていく上でのいろいろな事を話し合いました。
石井さん(ユニークフェイス代表)からはたくさんの苦労話を聞きました。

一つの「よし!」という社会からのリアクションの陰にその何十倍、何百倍の「くそう!」というものがあった、今でもある、という話。匿名の嫌がらせだってたくさんあるという話です。

これから色々なところで血管腫やユニークフェイスというものに対する社会的認知度を上げていきたいと考えているメンバーなので、みな真剣に議論。

このブログもそうですが、僕は全くもって誰が見ているかという事を把握できません。

このブログを見て、僕にコンタクトしてくれる人もいらっしゃいますが、まだまだ少数です。
つまり、僕はこのブログである程度のプライバシーを公開していますが、見ている方については全く分からないでやっているという事です。

なので、僕にコンタクトを取る時には、せめて実名と、居住地、疾患名とその程度、身分、を知らせていただきたいなあと思っています。
そうすれば、僕も誠意をもって対応させていただきます。

なんだか最後が尻切れトンボな気もしますが、時間がないのでこの辺で!

2010年9月4日土曜日

カミングアウト?

今現在、2つのミッションが進行しています。

1つめは、駒沢大学の社会学の学生から依頼を受けた、「リビング・ライブラリー」への参加です。
ユニークフェイス代表の石井氏から紹介されました。
10月10日(日)の開催に向けて、準備が徐々に整ってきています。

今は「あらすじ」が一応決まって、「タイトル」を検討中。なかなか「これだ!」っていうものが思いつきません。

当日は対話形式で一般の人と語り合わなければならないので、最低限話しておかねばならない事を決めて、原稿にしている所です。あとはフリートークしなければなりません。

2つ目も、ユニークフェイスの石井氏から紹介されたもので、こちらはNHKからの取材です。
まだ、実際に形になるのか分からない状態で、僕は今のところ先方からのコンタクト待ちです。

これについては、どちらにしても形になるのは来年度以降みたいなので、ぼちぼち対応して行くつもりです。

取材を受けたり、インタビューを受けたり、というのはあまり経験がないので、面白いです。
相手の反応を見るのが面白いのですね。
顔と名前を公表して、社会に露出するのがカミングアウトだとすると、僕にとってはそれは「面白い事」みたいですね…。

無名の個人として社会生活をしていると、血管腫の事は意識させられませんから。
当然、そこで交わされる言葉はユニークフェイスである事とは関係ないところで成立します。

実名、顔出し、でメディアなどに登場し、そこで語るという時、その時は自分が「ユニークフェイス」であるというアイデンティティーに着目されているので、自然とそこで話される内容は自分が血管腫を持った人間であるという前提の中で成立していきます。

やっぱり、これは面白いですね。
普通、一般の人は、自分の「自分性」を武器として社会に対して発言する事なんて出来ない訳です。
よほどの有名人か、優れた考えを持っていて、社会に認知されているとかでない限りは。

でも、僕は血管腫を持っているから「ユニークフェイス」という武器を持って、匿名性から抜け出して発言する事が出来る。

これは一種のアドバンテージです。
これを利用しない手はないなあ…。

カミングアウト、いいじゃないか。

2010年8月24日火曜日

で、何でそんな僕が相談を受けるのか?

ここまでを読むと、「なんだ、介護職じゃん。相談なんか受けられるの?」と疑問に思った方もいるかも知れませんね。

そうです。僕の仕事は基本的に介護職です。
でも、それだけではありません。

これは、機会がある度に僕が話す事ですが、障害を持つ子を持った親御さんの苦悩というのは、これはもう想像を絶するものがあります。ユニークフェイスな方を子に持つ親御さんもこれは同じだと思います。

僕が働いている施設は、基本的に大人の方が通われる施設で(15歳以上の方を対象)、現在利用者さん全員が成人しています。

つまり、親御さんは最低でも20年間障害を持つ子と付き合ってきたのです。
その中で、親御さんが考えられてきた事、繰り返し繰り返し考えてきた事。そして、それでも答えは出ない事。
そういう思いを抱えた親御さんとの付き合いも、この仕事の一部です。

たとえば、僕のグループの利用者さんは全員車椅子に乗っている身体障害者です。知的障害も併せ持っています。

でも、みなさん普通におしゃれな格好をしてきています。可能な限り、おしゃれをします。
決して安易にジャージを着せられて登所してきたりなんかしません。
今の季節(夏)なら、ポロシャツにデニムの短パンなんかを着てきます。

親御さんだって、ジャージにした方が、脱ぎ着も楽だし、洗濯も楽。障害を持っているためか、体が発達不全を起こしている方も多いので、成人しても身長は150cm未満の方が多く、また体の変形があるため、サイズの合うおしゃれな服を見つけ出すのだって一苦労なのです。

ある利用者さんは、一年を通して、ラルフローレンのKIDSサイズの150とかを着ていらっしゃいます。
そこまでしてでも、息子、娘に普通の人と同じようにおしゃれな服装をさせてやりたい。

その、親御さんたちの気持を、受け止めるのも無視してしまうのも、職員の考え方次第です。

そんなおしゃれな利用者さんを受け入れる職員が、みんなジャージだったらどうなるでしょう?
ぶち壊しです。

せっかくおしゃれをして買い物に出かけるつもりだったのに、引率する職員がジャージだったら…、これは全くナンセンスな話です。

だから、うちの施設では職員は基本的にジャージ禁止です。

そういう形式的な事でも、こちらが理解して対応しているのとそうでないのとでは、ご家族との関係も全く違ってきます。

ある利用者さんは、呼吸状態が悪化し、栄養状態にも問題を抱えて、大手術を立て続けに受けられました。
でも、おかげで体調がずいぶん良くなりました。
その利用者さんのお母様とはよく話をしていました。それなりに関係が出来ていたのですね。

で、ある日、そのお母様が僕に言いました。「この子と行ってみたいところがあるんだけれど、それで体調が悪くなったらって考えたら怖くって、なかなか踏み切れない」

僕は答えました。「お母さん。今の彼の体調は、僕が彼を見るようになったこの4年間の中で、最高に安定しています。お母さんが彼とやりたい事があるなら、やらなきゃ損です。だって、いつまでこの調子が続くかだって分からないじゃないですか」

お母様は言いました。「そうよねえ。もしかしたら、今が一番良くて、これから徐々に体力も状態も落ちていくのかも知れないわよね…」

僕はさらに言いました。「お母さんは、今まで彼と一緒に考えて、一緒に何が楽しいか、何が幸せかって生きてきたんですから、これからだってそうやっていけば良いんですよ。彼だって、お母さんが一緒に行きたいところがあるんだったら、絶対行きたいと思ってますよ。それで彼が多少体調が悪くなっても、僕たちは体調が悪いなりに活動の内容を抑えて、負荷がかからないように日中活動を調整します。それが僕たちの仕事ですから」

するとお母様は「うん。分かった。やっぱりあとで後悔はしたくないもんね。今体調がいいのは明らかなんだから。精一杯楽しませてあげないと」
と言って帰って行きました。

そのあとしばらくして、そのお母様は、息子と一緒に、考えていた通りのプランでちょっとしたお出かけをして、晴れやかな顔をして報告に来てくれました。
「やっぱり行って良かったー。本人もすごく喜んでたみたい。もっと早くいけば良かったかなー?」

僕は言いました。「いや、お母さん。今がちょうど良かったんですよ。御家族が調子が良いって思ってて、施設の職員も調子が良いって思っていて、お医者様にも止められないっていうタイミングが今だったでしょう?だから、ちょうど良かったんですよ!」

「そうねえ。この先どれくらい調子がいい状態で行ってくれるか分からないけど、とりあえず今は幸せだわあ」

この話の中の僕は、施設職員としては言ってはいけないような事までべらべらしゃべってしまっています。たとえば、彼と、お母様が、いかに深く結びついた人生を送ってきたか、という事を勝手に指摘して、お母様を後押ししています。
これで何かあったら、大問題です。

でも、僕はそのお母様とは信頼関係が「できている」と判断したので、あえて背中を押す役割をしました。きっとこの人は、背中をそっと押してくれる人を探している。

介護職でも、そういう場面には出会うのです。だからこそ、僕は今の仕事を続けていられるとも言えると思います。

本当に介護しかしない仕事だったら(そんな仕事は実際にはないと思うけれど)続いていません。

僕は正直、自分が「カウンセラー」になる事は難しいと思っています。
でも、誰かの相談に乗って、もしかしたら誰かの助けになる事は出来るかも知れない、と考えています。だから僕はここで、血管腫の方の相談を受けてみよう、と思い立ったのです。

まあでも、そうそう簡単には相談できないよねって事も分かっているのですが。

僕のお仕事2

えっと、前回は利用者さんとのコミュニケーションについて書きましたね…。

今回は、僕のお仕事がどう忙しいかについて書いてみます。

僕の仕事というのは「生活支援員」といって、利用者さんの生活にまつわる様々な事を、一人ひとりの方にあわせて行うものです。

飲んだり、食べたり、排泄したり、入浴したり。

これらすべてについて支援を行います。

まず、朝利用者さんが到着(ちなみに送迎車の添乗も仕事の一つ)。連絡ノートの内容を確認し、その日の利用者さんの体調などを、ご家庭からの情報で把握します。

そこからは大まかに言うと、二つの仕事の流れを、並行して行っていきます。

一つは、「活動」と呼ばれる支援プログラムです。自主生産品製作(販売して利用者さんのお給料になる)、運動、散歩、買い物、入浴、などです。

もう一つは、先にあげたような、水分補給、食事、トイレ、などです。

たとえば、自主生産品製作「染め物」を行いながら、同時に各利用者さんの排泄のタイミングでトイレ介助を行う。水分補給が足りていない方にはお茶を飲んでもらう。

通常、2~3名の職員が「活動」を先導して行い、さらに2~3名がトイレなど身の回りのお世話を行う、といった動きになります。

僕の立場は「グループリーダー」というもので、と言ってもちっとも偉くはないのですが、現場全体を把握して、人が足りないところへ職員を誘導したり、自分がフォローに入ったり、というのが基本的な動きです。

僕が所属するグループには9名の利用者さんがいて、6名の職員が基本的には配置されています。
簡単に言うと、職員一人で1,5人の利用者さんを見れば良い事になります。

しかし、二つの仕事の流れを同時に行っている為、「活動」を回している職員は直接の支援にははいりづらく、実際には職員一人当たり2名程度の利用者さんの日常生活動作を把握する事になります。

さらに、僕のようにリーダーであるために、基本的に動きがフリーな職員がいたり、看護師のように職域が限られる職員がいたりで、実質的にはもう少し、職員一人当たりの負担は大きいです。

そのような中で、僕の仕事は、まずはフォロー。手が足りないところへのフォロー。
そして、予期しなかった出来事に対する状況判断。
活動を先導する職員に対するポイント的な指示。

要するに、9名の利用者さん全員と、僕以外の職員全員の「今の状況」の把握が求められます。
そして、「次にどうするか」をいつでも答えられるようにしなくてはなりません。
自分自身がフォローに入ってしまっている時には、全体を把握するのはとても困難です。

トイレに利用者対応で入ってしまっている時に、活動室で何が起こっているのかを知る事は出来ませんよね?
また、入浴の介助で浴室にこもりっきりになっている時も、外で何が起こっているのか分かりません。

リーダーといっても、現場監督じゃないのですね。現場の一職員です。
難しいところを率先して行なったり、他の職員に指導したりという事も仕事内容に入ってきます。
職員の質の向上という事も、もちろん含まれる訳です。自分自身を磨く事も含めて。

これは結構大変です。うちのグループの職員さんは、頑張ってくれる方が多く、そういった点では僕は恵まれていますが、その頑張ってくれている職員を、上手く活かすも、無駄にしてしまうも僕の判断次第なのです。責任重大です…。

なので、大半の利用者さんを送り出す15時30分を過ぎると、正直「ほっ」とします。

でも、仕事はまだ終わりではありません。
いわゆる「事務仕事」が待っています。事務分掌上担当している業務。

毎月の送迎添乗表の作成、毎月の利用者の予定表のチェック、医療的ケアの集計・報告、医療的ケアの作業部会への参加、毎日の活動を事前にある程度シュミレーション、他のグループとの協議事項、利用者家族への連絡・調整の一部、周知すべき情報の取りまとめ、担当年間行事の計画、会計業務の一部、などなど。

他にも16時に出発する送迎車の運転・添乗も週に2回は入ってきますし…。

施設福祉の仕事というのは、何事も利用者さんのペースが基本で動いていきますので、自分でペース配分して仕事をするという事が許されません。

体調が悪いから、今日はセーブ、という事が出来ないのですね。
だから、体調管理にも気を遣います。

もし、風邪をひいても、無理して出勤する訳にはいきません。微熱程度であればマスクをして出勤しますが、38℃を超えるような熱が出た場合は、利用者への感染の恐れがあるため、熱が出てから3日程度は働けない、という事情もあります。
休めて楽じゃん、と思った方、それは間違いです!

だから、熱など出す訳にはいかないのです!そのプレッシャーが結構なストレスでしてね…。
実際僕は、過去に結構簡単に風邪をひいてしまった経験が何度もあって、その度に現場の同僚に迷惑をかけてしまって、いまだに頭が上がらないくらいなのです…。

さて、次は何について書こうかな…。

2010年8月18日水曜日

僕のお仕事

自分で作ったブログですが、読み返してみると、僕がどんな人間なのか、微妙に分からない。

やっぱり、もうちょっと自分らしさを出してもいいんじゃないか?と思った次第。

第一、僕がどんな人間なのか、分からないでここのページを見に来る人だって多いはず。
ならば、自分の身近な事を書いてみよう、と思ったのでした。

えー。とりあえずですね…。僕のお仕事について書いてみましょう。

障害者福祉施設の職員ってだけじゃあ、良く分かりませんよね。実際、障害者福祉施設といってもかなりの種類がありますから。

僕が今働いているのは、「知的障害」の方と、「知的・肢体不自由重複障害」の方が通っている施設です。

いわゆる「入所」施設ではなく、毎日日中だけ通う「通所」型施設になります。
僕が担当しているのは、「知的・肢体不自由重複障害」の方たちのグループです。

「知的・肢体不自由重複障害」って、聞いた事がある人の方が少ないですよね。
どのような方々かと言いますと、通常の知的障害に加えて、身体障害も併せ持っている方たちです。

普通の知的障害の人とは違って、手足はうまく動かないか、ほとんど動かせない。
言葉を話さない人がほとんどです(うちの施設では、です)。車椅子に乗っています。

病名(診断名)で言うと、脳性麻痺の人たちが多いです。

彼ら(彼女ら)は、知的障害があると言われていますが、実際に毎日顔を合わせて生活していると、そんな方々にもいろいろな感情や意志がある事が分かってきます。

つまり、言葉は話せないけれども、程度の差こそあれ、ある程度の物事は分かっているし、自分の意見もある、って事です。

たとえば、「おーう」としか言わない方がいたとします。

彼は、「おーう」を幾通りにも使います。声の大きさ、トーン、リズム、タイミング、微妙な語尾変化。
初めのうちは、何を言いたいのか、分かりません。
でも、何ヶ月か一緒にいると、だんだん分かってきます。何を言いたいのか分かってきます。
話しかけ方も工夫します。上手く「おーう」で答えられるように質問をする。

たとえば、お茶を飲みたいかを聞く事にします。

「お茶を飲みたい?」これでは上手くいかない事があります。飲みたい時も、飲みたくない時も「おーう」と言ってしまう可能性があるからです。上手く、「おーう」のニュアンスをつかめればいいのですが、なかなか難しい事です。ですから、

「お茶を飲む人!」
「お茶を飲まない人!」

と聞きます。どちらに「おーう」と言うかで返事をしてもらう訳です。
紛らわしくないように、一つ目の質問と、二つ目の質問の間には、十分な間を取ります。

一人ひとりの施設利用者さんに合わせて、その人が分かり易い方法でコミュニケーションを取る。それが僕の仕事です。

ずいぶんのんびりした仕事のように思えますね…。

実は、そんなにのんびりはしていません。
次回はそのへんについて書いてみます。

2010年8月15日日曜日

人生、壁、壁、壁

学校を出て、仕事に就く。

大きな壁だと思います。

家を出て人と交わる。

それも大きな壁かも知れません。

分かります。僕だって、大なり小なりそうでした。
でも、何が何だか分からないうちにそこをくぐりぬけて、働いている自分がいます。

今思うのは、社会に出て働いてみたら、ユニークフェイス(血管腫)である事を気にしている暇などなくなったなあ、という事です。

今でも、ユニークフェイスである事は、時々障害になります。でも、それと仕事をして自分が生きていくためのお金を稼ぐ事は別問題。

何が障害になっても、それは誰でも生きていくためには乗り越えなければならない壁。

何かのせいにする事は簡単。

「この顔のせい」

「社会が悪い」

でも、そればかりにこだわっていたら、前には進めないのです。
厳しい事を言うようですが、それもまた現実です。
現に、僕だってそういう現実に直面しています。今だって、そうです。
決して楽になった訳ではありません。

一人で問題に立ち向かっていくのは苦しいですよね。
誰かに話を聞いてもらいたい、自分の身になって欲しい。

そう思うのは当然だと思います。
でも、人前に出て、自分の気持ちをぶちまけるのは勇気がいる。

僕はそのすべてを受け止める事は出来ません。
それでも、少しでも助けになれる事は無いか?

そう思って、このブログを作りました。

残念ながら、ここで僕の人生すべてを語る事は出来ません。
プライベートの全てを書き込む訳にはいきません。

でも、一人ひとりの方に、僕がどのようにして今日まで生きてきたのか、お話しする事は可能です。

ブログという、公の場では限度があるのです。
ですから、ほんの少しの勇気を持って、僕のアドレスにメールをください。

僕が、素晴らしい経験を持っている訳ではありません。
絶対成功する、そんな方法を知っている訳でもありません。
しかし、「今どうしたらいいか?」迷っているのであれば、お話を聞く事は出来ると思います。

意外なところから、「答え」が出るかも?
そんなきっかけになれれば、と思います。

2010年8月13日金曜日

スモールステップでいきましょう

いきなり大きな目標を目指すのも一つの手ですが、それにしたって一足飛びには行けないもの。

まずは自分が出来る事から、小さな事から始めましょう。

先の事というのは、なかなか見通せないものです。ならばまず、今日できる事、今できる事。

僕も今それをやっています。このブログもそうですね。

このページを見てくれる人が増えると良いなあ。

相談を持ちかけてくれる人がいるともっと良いなあ。

そんな事を考えながら、「今できる事は何か?」と頭のすみっこで考えています。

とりあえず、twitterを上手く使えるようになりたいなあ。

というのが目下の課題です。

2010年8月12日木曜日

自分は劣っている?

ユニークフェイス(僕は血管腫などで主にそういう方)な人(僕を含めて)がおちいり易い、心の闇というものがあります。

「自分は人より劣っている。こんな自分が社会に出て生きていくなんて無理だ」

そう、ユニークフェイスな人なら、誰でも一度は考える事です。

友人作り、恋愛、就職、結婚etc...。数え上げればきりがありません。

ユニークフェイスな人が社会で普通に暮らそうと思ったら、それなりの苦労があるのは確かです。
僕も、今になって思えば、もがいて、這いずりまわる様な思いをした時期がありました。

子どもの頃は、みんなに好かれたくって、一生懸命イラストを描いたりしました。

一目おかれるために、スポーツに力を注いだ事もありました。

人との差別化を図るために、趣味を始めてみたりもしました。

今ではおしゃれな格好をいかにするかが楽しみの一つです。
「ユニークフェイスでおしゃれな格好?」と思われる方もいるかも知れませんね。

ユニークフェイスな上に、目立つ格好をしていたら、余計に目立ってしまうじゃないか。
そうです。目立つ事もあります。

でも、ちょっと考えてみてください。ユニークフェイスでダサい恰好をしている人と、ユニークフェイスでおしゃれな格好をしている人、どちらが魅力的に見えるかな?

ユニークフェイスでも、おしゃれな方が魅力的に決まってます。
最近の僕は、アメカジ系のファッションで赤いオープンカー(軽だけど)を乗り回しています。

今のところ、「恥ずかしいからやめてくれ」と人に言われた事はありませんよ。
離婚したけど、ガールフレンドはいます。ガールフレンドは僕のファッションセンスが気に入っているようです。

ね、ユニークフェイスでも目立つ事は悪い事じゃないんです。

どんどん外に出て、社会の空気を「読んで」みてください。そこにあなたの居場所は必ずある。
今はそれが見えていないだけ。

自分なりのやり方で、自分をアピールしていきましょう。自分はこういう人間だ。どうだ。分かったか?
社会の価値観をただ押し付けられるのは苦しいです。自分の価値観を社会に向かって発信しましょう。

やり方は人それぞれ。あなたには、他でもないあなたであるというその一点を主張する権利があります。

身近なところから始めてみませんか?続けていけば、きっと何かが変わってくるはずですよ。

どうやって相談を受けるのか?

まずは僕のメールアドレスstezuka1976@gmail.comに自己紹介を添えてメールをください。
どのような悩みなのかも書いて欲しいです。

それを読んで、僕が相談を受ける事が可能かどうかを判断します。受けるにしろ、受けないにしろ、返事は必ず書きます。僕は専門家ではないので、受けられる相談の内容もおのずと限られてきます。そこのところは理解していただきたいと思います。

次に、相談の方法を決めます。考えられる方法としては、

1、メール
2、Skypeによるチャット
3、Skypeによる電話
3、Skypeによるビデオ通話

が、あります。Skypeに関しては、ソフトのダウンロード(無料)が必要です。また、電話、ビデオ通話に関しては、イヤホンマイクやWebカメラの用意も必要です。時間は1時間までとします。
メールの場合、やり取りの回数は2往復とします(延々とやり取りは出来ない為)。

以上が基本的な相談システムであるとご理解ください。
僕は血管腫の当事者なので、主に血管腫の方に関しては、より「ナマ」の声を伝える事が出来るかな?

このブログの役割

このブログを作った動機について書いてみます。

ユニークフェイスは、mixiでも活発に活動しています。そのコミュニティ参加人数は200人を超えています。しかし、トピックスを読んではいるけれども、自分からはコメントを書けない人が多い、という事を感じていました。

ですので、このブログで行いたい事は、「相談を受け付ける」これは第一ですが、同時に、「読んでいるだけの人たち(ROM)の声を吸い上げたい」という事も目的としています。

例えば、このブログを通して僕のところに相談をしたとします。当然その内容を直接このブログに書き込む事はありません。個人情報は守ります。

しかし、どのような事でユニークフェイスな人が困難を感じているのか?その事については、このブログを通して発信していきたいと考えています。

つまり、ユニークフェイス当事者(特に血管腫の方)の今まで掬い上げられる事がなかったニーズをここで集めたい。

mixiなどよりも、より匿名性が高い形で、あなたのニードを発信できる可能性がある、と考えてもらえると分かり易いと思います。


2010年8月11日水曜日

自己紹介2

僕の治療歴を書いておきます。僕は血管腫なので、おのずと治療経験は限られますが。

乳幼児期:ドライアイス療法
幼児期:レーザー治療(アルゴンレーザー)
少年期:なし(自分で治療を拒否)
青年期:レーザー治療(ルビレーザー・ダイレーザー)

です。
なので、最近のVbeam等は受けていません。

したがって、治療に関する質問にはお答えしかねます。
メンタルな部分に関しては、多少の意見を述べる事は出来ると思います。

僕の中で今一番関心があるトピックスは、若い当事者の方が将来に大きな不安を抱えているのではないか?という事です。

実際、僕もそれなりに悩みながら、今こうして普通の社会人として暮らしています。

ユニークフェイスでも、普通に暮らせる!結婚もできる!離婚も出来る!(=_=;)
そんな僕に聞きたい事があったら、メールをください。
可能な範囲で対応させて頂きます。
返答不能な場合は、そのようにお返事します。
今のところボランティアですので、どうぞお気軽に…。

自己紹介

単純性血管腫を左顔面に持つ男性です。

職業は、障害者福祉施設の生活支援員。

それなりに厄介な目に会いながらも、今は普通の社会人として生きています。
今、僕が思うのは、自分も嫌な思いはしてきたけれど、結果として、自分の幸、不幸と血管腫は直接関係なかったなー、という事です。

それを一番強く感じたのは、10年間の結婚生活と、離婚でした。

血管腫とは全く関係のない、この出来事を通して、僕は血管腫のあるないとは関係なく、自分が幸せになりたければ、幸せになるための工夫をしなければならないと感じました。

痣を理由にしたり、悪いのは社会だ、と思ったり、していませんか?
それが悪い考えだとは思いません。ある意味、それも正解です。

でも、自分が幸せになりたければ、そんな痣や、社会なんかと関係ない形で、自分に価値を見出さなければなりません。

自分には価値がある、という事。

人にはそれぞれ価値があります。人によっては「自己評価」とも言います。
これが高ければ、その人はより力を発揮するし、低ければ内向きになり、生き生きとは生活できません。

自分の「価値」見つけてみませんか?

2010年8月10日火曜日

とりあえずブログを作ってみました

夏休みという事もあり、時間に余裕があります。
なので、以前から懸案事項であったブログ作成を行う事にしました。

動機は、自分のやりたい事を実行するツールとして、有用であると考えたため。
これは自分の将来に対する投資です。

やりたい事とは、一つはユニークフェイスな人のお悩み相談を受ける事
もう一つはそれをサービスとして提供できないか、という試行です。

とりあえず、当面は自分がやりたい事をポツポツと書きこんでいきたいと思います。

最終目標は、総合的な相談サービス!
あ、言いすぎたかな…?

ここを窓口に色々広げていけたらいいなあ…。
と、夢はふくらむのであった。

ただし、僕がここを窓口に何某かの相談を受けるとしたら、どこの誰かが分からない方からは相談を受け付けません。

僕のメールアドレス宛に、きちんとした自己紹介ができる方のみを対象とさせていただきます。

また、際限なく相談を受ける事も出来ません。僕も仕事を持っておりますし、対応には限度があります。その事を理解された方は、メッセージをください。