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2010年12月19日日曜日

ノルウェイの森観てきた(閑話休題)

観てきましたー!

原作は、ほんの6〜7年前に読んだのが初めで、その後何度も読み返してきた作品です。
僕は同じ小説を何度も読み返す性癖の持ち主なので、これは特別な事ではありません。

映画を見て、つくづく思ったのは、「直子」と「緑」は表裏一体。
二人の登場人物として描かれているけれども、僕の中では二人は二人で一人。

自分の恋愛経験から言って、直子的なものと緑的なものを両方持っているのが女性かと。

主人公「ワタナベ」は、この二人を両方救おうとして、そのどちらも上手くやり遂げられない。当然です。人はそんなに合理的にも、論理的にも出来ていない。

人を救うなどという大それた事は、よほどの幸運がなければ成し得ない。

でも、それを追い求めるのが若者であり、あるいは男性であるのかも知れません。

失敗はつきもの、でも失敗すると分かっていてもチャレンジするのもまた男性。
全てを受け入れる、とは誰もが言いがちな台詞ですが、その困難な事と言ったら...。

これって、当事者活動でも同じなような気がします。
決定的な解決など存在しない。
でも、今を生きる。明日を生きる。
そうやって、日々を送っていくのが人生。
そこには感動的なクライマックスはない。

ただただ、毎日がやってくる。
上手くいったと、満足できる日はある。
でも、それすら明日にはどういう結果を生むかは分からない。

自分は今日を生きていて、きっと明日も生きていく。
そうやって、毎日を危ういながらもくぐり抜け、その中で少しずつ物事の本質というものに近づいていく。
しかし、その営みに「終わり」はない。

いくらやっても、やり足りない。不全感。
でも、それに絶望してはいけない。

完璧な達成感などない。しかし、だからこそ人は常に何かにチャレンジしていくモチベーションを保つ事が出来る。終わりのない戦い。
しかし、それは悲しい事ではない。

むしろ、それこそが人生の本質であり、「生き甲斐」であると僕は思います。
落ち込む事はある。打ちのめされる事もある。
でも、明日はやってくるし、僕は生き続けなければならない。

自分自身の「人生」、これに責任を持つというのはそういう事だと思う。

結局のところ、人はそれぞれに欠落感を持っていて、その穴を埋めようと努力している。
それは決して完全に報われる事はないのだけれど、穴を埋めようと努力している間は、人は生きていけます。

これを、命が果てるまで続けるのが人生であれば、このアンチクライマックスの日々は当然の事。

どうやってこれをやり抜くか。
正解は僕もまだ得ていない。一生得る事はないかも知れない。
でも、僕は生き続ける。
前向きに生きる事、ただそれだけを目的として。