ユニークフェイス講演企画

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2010年12月29日水曜日

第7回レッドフェイスSkype会議(告知)

7回 Skype会議 


日時 1月9日  2130時〜2300時

司会進行 石井政之(NPO法人ユニークフェイス代表) 

テーマ 仕事について 

石井政之SkypeID uniquefce_ishii 



事前に、mixi内にあるレッドフェイスコミュにて趣旨を理解された上で自己紹介を行ってください。
当日は自己紹介の時間などは省きますので、あらかじめ参加者同士でコミュニケーションをお願いします。



2010年12月19日日曜日

ノルウェイの森観てきた(閑話休題)

観てきましたー!

原作は、ほんの6〜7年前に読んだのが初めで、その後何度も読み返してきた作品です。
僕は同じ小説を何度も読み返す性癖の持ち主なので、これは特別な事ではありません。

映画を見て、つくづく思ったのは、「直子」と「緑」は表裏一体。
二人の登場人物として描かれているけれども、僕の中では二人は二人で一人。

自分の恋愛経験から言って、直子的なものと緑的なものを両方持っているのが女性かと。

主人公「ワタナベ」は、この二人を両方救おうとして、そのどちらも上手くやり遂げられない。当然です。人はそんなに合理的にも、論理的にも出来ていない。

人を救うなどという大それた事は、よほどの幸運がなければ成し得ない。

でも、それを追い求めるのが若者であり、あるいは男性であるのかも知れません。

失敗はつきもの、でも失敗すると分かっていてもチャレンジするのもまた男性。
全てを受け入れる、とは誰もが言いがちな台詞ですが、その困難な事と言ったら...。

これって、当事者活動でも同じなような気がします。
決定的な解決など存在しない。
でも、今を生きる。明日を生きる。
そうやって、日々を送っていくのが人生。
そこには感動的なクライマックスはない。

ただただ、毎日がやってくる。
上手くいったと、満足できる日はある。
でも、それすら明日にはどういう結果を生むかは分からない。

自分は今日を生きていて、きっと明日も生きていく。
そうやって、毎日を危ういながらもくぐり抜け、その中で少しずつ物事の本質というものに近づいていく。
しかし、その営みに「終わり」はない。

いくらやっても、やり足りない。不全感。
でも、それに絶望してはいけない。

完璧な達成感などない。しかし、だからこそ人は常に何かにチャレンジしていくモチベーションを保つ事が出来る。終わりのない戦い。
しかし、それは悲しい事ではない。

むしろ、それこそが人生の本質であり、「生き甲斐」であると僕は思います。
落ち込む事はある。打ちのめされる事もある。
でも、明日はやってくるし、僕は生き続けなければならない。

自分自身の「人生」、これに責任を持つというのはそういう事だと思う。

結局のところ、人はそれぞれに欠落感を持っていて、その穴を埋めようと努力している。
それは決して完全に報われる事はないのだけれど、穴を埋めようと努力している間は、人は生きていけます。

これを、命が果てるまで続けるのが人生であれば、このアンチクライマックスの日々は当然の事。

どうやってこれをやり抜くか。
正解は僕もまだ得ていない。一生得る事はないかも知れない。
でも、僕は生き続ける。
前向きに生きる事、ただそれだけを目的として。

2010年12月12日日曜日

再びMFMSさん訪問

昨日はMFMSさんの、「クリスマス・忘年会」でした。

お誘いがあったので、当たり前のように参加してきた僕です。
実はそんなにMFMSさんに協力している訳でもないんですが、いろんな人が集まるので楽しいんですね。

今回はMFの表紙にもなった三橋君(血管腫当事者)と会う事が出来ました。
何と彼、僕の職場から歩いて10分のところにある某大学の出身で、しかも所属していたボランティアサークルの名前を聞いたら、過去にうちの施設に学生が来た事もあったサークルだったりして、世間の狭さに苦笑。
彼は昨日も今日も休日なのに仕事だそうです。営業って大変だなー。

しかし、粕谷さん(アルビノ当事者。実家が市内らしい)といい、ご近所関係が意外と多くてびっくりしますなー。

後は、ヒューマン・ライブラリーでお世話になったレジェップさんと「恋愛話」で話し込み...。年齢差って、結構大きいよねー、などと話していました。
社会人同士なら、多少の年齢差ってどうって事ないけど、20代も半ばを過ぎた、まあまあ大人な人と、二十歳そこそこの学生では、価値観も世界も違っちゃうよね。難しいところです。

その後は朝日新聞の記者の方と話し込み。でも血管腫の話はほとんど無しで(=_=;)
「人の話を聞く」という仕事の難しさについて語り合ってました。
取材対象者との距離のとり方、自分の立ち位置。から始まって、
「なんで新聞は暗いニュースばかり流すのか?」<仕方ないんだけどね
なんて社会派な話題まで。

別に僕は取り立てて目立った技能を持っている訳ではないのですが、得意な事(と言う程でもないけど)が無い訳でもなくて、それが「適度な距離で腹を割って話す」事なんですが、これって意外とみんなやってない。やっていても意識してやってない。

ついでに、僕はそれを言語化する事が苦手でないので、あえてそれを言語化すると...。みたいな話で盛り上がりました。

しかし、記者の人も大変ですねえ。バランス感覚が重要。
いろいろ板挟みになって、ストレスも多いみたい。

とまあ、そんな訳で、またまたいろいろ刺激を受けて帰ってきたのでした。



昨日は終電に間に合ったぞ、と。

2010年12月8日水曜日

普通にやってちゃダメなんだ...。でもね。

これ、ずーっと僕が思い知らされてきた事であります。

勉強でも、恋愛でも、就職でも、仕事でも。

いつも、「普通」にやっていたんでは「普通」になれないんだな、という事。

だけど、「出来ない」訳じゃない。
そこのところが、非常に悩ましい点でした。頑張れば何とかなりそう。

要するに、「努力」する事を求められている。
誰にという事ではないんです。
自分に言われているのでもない。

ただ、感じる訳です。
「普通」にやっているだけでは、先へ(あるいは上へ)は行けない。
その事を実感させられるのです。

それを、ひしひしと感じていたのは20歳前後くらいでしょうか。
高校生から大学生にかけての間くらい。変なフラストレーションにとらわれていましたね。
勉強に集中できないくらい(^−^;)

社会人になってからは、仕事に集中している限り、こういう事はあんまり考える余裕がなくなりました。

今年、リビング・ライブラリーなどを通して僕は再確認しました。いろいろな人に会って、話をして思ったのです。

やはり、「普通」にやっていたんでは何事も成し得ない。

普通の人が、普通に努力して、普通に就職して、あるいは優秀な能力を持って仕事に就いて、でも、その人たちですら一旦「レール」から外れてしまうと、リカバリーが効かなくなっている世の中です。

そんな中で、やっぱり「普通」にやっていたんではダメだなあ。

でも、一方で思うのです。
僕は、今までさんざん「壁」にぶち当たり、普通の人が経験しないでいいような事をくぐり抜け(未だに抜け切る予定は無いが)て来ました。

だから、ちょっとやそっとの事では動じません。
いや、動じるんだけど、大いに苦しむんだけど、その先を考える癖がついています。
今現在、どんなに苦しくても、のたうち回っていても、その先にあると考えられる状況を想像して、そこへたどり着くまでの道筋を思い描きます。

これって、血管腫などの当事者で、今現在普通に社会人をやっている人はみんなそうだと思います。

簡単にはつぶれない。いや、つぶれてもなんとか起き上がる。
そういう意味では、ハングリーなのかも知れません。

だから、今現在苦しんでいる当事者の方には、その試行錯誤が、後に必ず生きる糧になるという事を知っておいて欲しい。

普通の人が、押しつぶされそうな時でも、なんとか持ちこたえるための「底力」。
それを体得する途中なのだと考えて欲しい。

最近、僕は、自分がこれから生きていく上で必要と思われる事を書き出してみました。
書いていったら、10項目になりました。

恥ずかしいので、ここには書けませんが(=_=;)
例えば、「全ての事は自分自身から端を発しており、人の責任という事は無いと知る」とかです。
ああ、恥ずかしい...。

どうしても、責任回避ってしてしまいがちなんですよね。
分かっているんだけど、ついやってしまう。
人のせいにして、しまいには怒りだしたりして...。

話が逸れましたな。

なんでそんな事をやっているのかと言えば、これをやらなければ今以上の自分は無い、と思ったからです。
この先の成長は見込めない。

いや、実はちょっと凹んだんですよ、最近。
で、思った訳です。これではいけない、と。
なので、目標を設定したのです。

こういう知恵も、今までいくつも壁にぶつかってきた経験上、学んだ事です。
文章化する事で、物事が明確になり、それを現実の自分に引き寄せるきっかけにする。

本当にちょっとした工夫ですよね、こんな事。
でも、実際にやる人ってあんまりいない。
僕は今回目標設定した後、毎日何回もこれを「音読」しています。

ああああ。恥ずかしい...。
でもね、これって結構自己教育には役立つのですよ。
なので、こんな地道な事もやっているのです。あらまほしき自分になるために。

騙されたと思って、一回やってみる事をお勧めします(^-^)
って、僕もまだ始めて数日ですが(爆)

とりとめがなくなってきたので、ここまで!