ユニークフェイス講演企画

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2011年1月10日月曜日

人の人生に関わるという事

今日は、人がそれぞれ抱えている心の「闇」について。

ちょっと重たい話題ですが、ちょっと思うところもあるので書いてみましょう。

人は、それぞれに「闇」を抱えています。
健康な人でも、血管腫の人でも、あるいはあらゆる疾患を抱えている方々でも同じ。

ただ、それぞれにその「深さ」や「サイズ」は違います。表現の方法はいろいろあるでしょう。

まず難しい点は、皆がそれぞれ自分が抱えている「闇」の深さを認識している、理解しているとは必ずしも限らないという事。
自分の事って、意外と分かっていない事があります。
これは、何かの機会を得て、あるいは、何かの弾みで「ふっ」と分かる事が多いです。

もちろん、中には果てしない自問自答を繰り返した後に、ある種の地点へたどり着くケースもあります。
こういう事が出来る人は稀ではありますが。

いずれにせよ、自分が望んだ時に、自分が納得できるような形、内容でこれを得る事は難しいという事です。

難儀な事です...。

もうひとつ。人は誰しもその人なりの「闇」を抱えて生きていますが、その「闇」を共に生きる人というのが現れるという事です。家族であったり、友人であったり、恋人であったり...。

ここで難しいのは、その相手が、こちらの抱えている「闇」を理解しているのかいないのか?という事です。

一般論で言えば、健康な人ほど、その深さは浅い訳でありますが、何らかの問題を抱えた人は、その問題に合った深さの「闇」を抱えている。

この「闇」の深さ。これを共有するためには、同じだけの「闇」の深さを持った(知った)人間の存在が必要となります。

もちろん、これは絶対条件ではありません。
世の中の多数の人は、こういう事に無関心で生きていられるというのもまた事実です。
ただ、自身の中の「闇」を持て余すような状況におかれた時、上手く救いの手を差し伸べてもらえるかどうか、その事を考えた場合、自分と同等の「闇」を抱えた、あるいは理解した人間が存在してくれる事はこの上ない「救い」になります。
つまり、頼りになるという事です。信頼できる。

でも、これはとても厄介な問題で、というのは、普通、人はそんな風に心の「闇」なんて認識していないからです。

だから、自分とは違った深さの「闇」を抱えた人とも分かり合えると簡単に考えがちです。
何とかなるだろう、という楽観視です。
もちろん、それで上手くいく人もいるでしょうが...。
しかし、自分の中に、他の人より深い「闇」を抱えている事を自覚している人にとっては、これは真剣に考えざるを得ない事案です。

事の難しさは、「分かり合うには、その人と同じ深さまで自分の心の中に深く潜っていく必要がある」という点にあります。
お互いにその作業をしなければならないのです。

これって、言うほど簡単な事ではありません。

もし相手には、それほどの悩みも葛藤もなく、従って抱える「闇」もそれほど大きくない、というケースがあったとしましょう。

その相手は、自分の中にはそもそも存在しない「深みの中」に向かっていかなければならない。それも、何の手がかりもなく。

相手を想う気持ち、それだけでは不足なのです。

相手の生い立ち。

生きてきた道筋。

今現在相手が構築している世界。

それらを理解し、それが何を示唆しているのかを理解し、しかしそれを超えた新たな価値観、それを提示できなければならない。
つまり、「生きる希望」です。

しかも、それでもまだ、やっと問題解決の入り口に立ったに過ぎません。

そこから、時間と、手間と、誠意を示し続けなければ、事は前には進まない。
それは、途方もない道筋と言えるでしょう。

成功する可能性は依然として未知数。

それでも、共に人生を歩みたければ、その一念で事に当たらなければならない。


偉そうな事を言っている?そうかも知れない。


でも、自分を偽らず、本当の信頼関係を望むなら、迷わず取り組むべき事であると思います。

それが、あなたが望む幸せにつながっているから。

上手くいく、という確証はない。
それでも、人は一歩ずつでも進まなければならない。

全ては、そこからしか始まらないし、また、避けては通れない道だから。

あとは、あなたの覚悟次第。

さあ、あなただったらどうする?
諦めますか?
それとも、茨の道だと知った上で、一歩を踏み出しますか?

この件については「正解」はない。

自分が正しいと、信念を持つ人だけが、この問題に取り組む。

いつか、報われるかも知れない。全くの徒労に終わるかも知れない。
でも、あくまでも決めるのはあなた次第。

人生、時にはリスクを負う事も必要。
それが、本当に求めるものであれば。

なんだか抽象的な話になりました。
でも、それも仕方がない事。真実とは、具体的ではないのでしょう。
僕の恩師は言いました。

「世の中は全て『メタファ(暗喩)』で出来ている」

今なら、少しは分かるような気がします。