ユニークフェイス講演企画

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2011年2月27日日曜日

肯定的自己を作り上げる(僕の場合)

今日は、自己肯定感について書いてみます。

幼い頃から僕は、痣のせいでいろいろな困難に直面しました。

周りの子は皆、僕の顔を見ると不思議がったり、気味悪がったりしました。
その都度僕は、親から教えられた通りに「これは生まれつきで、痛くもないし、うつらない」
と、答えていました。

幼い僕は、それ以上に言葉を持ちませんでした。もっと適した言い方があったのかも知れないけれども、幼い僕にはそれ以上の事は言えませんでした。

なので、いじめられたり、からかわれたりしました。でも、言い返せないし、痣は消せないので根本的な問題解決は不可能でした。そこに、努力でなんとかできる余地はありませんでした。

年を重ねるにつれ、どういうタイミングで自分の痣の事をカミングアウトすれば良いのかは分かってきました。
普通に振る舞う事で相手を安心させ、仲良くなりそうな予感がしたら、カミングアウトする。

そんな形で適応しようとしていました。ラッキーだったのか、それほど深刻な状況におかれる事もなく、成長しました。

しかし、小学校を卒業する頃には、単に普通にやっているだけでは「普通」扱いされない事に気づいていました。
人より何か得意なものがないと「普通」には扱ってもらえない。

人より何か、何でも良いから抜きん出るものを持ち、それをアピールする事で「一目置かれる」。そうしなければ、集団の中で匿名性を維持する事は難しい。

それができなければ、何かの拍子にあっという間にからかいの対象に転落してしまう。

僕はスポーツに打ち込んで体を鍛えたり、得意な科目で目立った成績を残すなどして、普通以上の自分を構築する事に忙殺されました。

といっても、体力はついたけど、何かの種目で優秀な成績を収める事はできませんでしたし、得意な科目があると言っても、他の科目はごくごく普通の成績だったので、特に優秀であった訳ではありませんでした。

コミュニケーション能力も、磨かざるを得ませんでした。
それは、話すのが上手、というよりは、議論で負けない能力の獲得でした。

僕は運が良かったのか、論理的思考能力はそれほど低くありませんでしたので、普段からよくよく考えていれば、たいていの議論(単に言い合い)には負けませんでした。
自分の論理を補強するために、いろいろな雑学知識を仕入れました。
中学生の時の愛読書は、「現代用語の基礎知識」だったという、変わった生徒でした。

そういう積み重ねが功を奏したのか、高校生になる頃には、たいていの話題について、普通の生徒が話す内容よりは高度な話をできるようになっていました。
抽象的な議論なら、たいてい相手を論破できました。

でも、所詮僕の知識はその気になれば誰でも手に入れられる程度のものです。

高校を卒業する頃には、もっと高度に専門的な知識を持つ必要性を感じていました。
それも、人間関係を結ぶ上で有効な知識。それが必要だという認識を持っていました。

自然と、大学の学部選びでは哲学や、心理学、といった分野を選ぶようになっていました。
その時点では、まだ将来就職する時に何が必要かまでは考える余裕はなかったようです。
コンピューター流行の世の中になって来ていたので、情報科学関係も考えた事がありましたが、僕としてはあくまでも対人コミュニケーション技術の習得が必須であるというのが、その頃の僕の実感でした。

僕は結局、臨床心理学という当時思いっきりマイナな分野に進む事になりました。
でも、それくらいマニアック、かつディープな分野をやらなければ、普通の人以上にはなれない、と考えていました。

大学に入り、実際専門的な勉強を始めてみると、思った以上に専門的、かつ難しい学問である事が分かりました。奥深さで表現するならば、底が見えない程の深い世界。

でも、その中で延々考え続けました。いつの間にか、自分のコミュニケーション能力を伸ばす事など忘れていました。日々与えられる課題、これをなんとかさばくのに精一杯。
僕は単純に、勉強する事に没頭しました。与えられる課題はどれも難しく、その場その場でなんとか仕上げる、という感じでした。

理論を系統的に学ぶような余裕はなく、いろんな理論を部分的に理解し、それを自分の言葉に置き換え、文章にして具体化する。そんな感じで4年間は過ぎていきました。

大学を卒業する頃になって、自分がスペシャリストとして通用する程のまとまった知識を獲得していない事に気づき、呆然としました。

でも、人が生きる上で考える、一般的な事象については相当な時間を割いて考えていた事は確かでした。

自分が生きる上で必要だと感じていた、物事を論理的に考え、目標に対してどのようなアプローチをとれば良いのか判断する能力は、ある程度ついていました。

簡単なアドバイスなら、人にできるくらいにはなっていました。

その頃には、自分が人と違っているとしても、そんな自分でも人並みに何でもできるという自信がついていました。
もちろん、それは思い込みの部分もあった訳ですが、その時点で自分をある意味肯定的に捉える事ができるようになっていたのは大きな収穫でした。

見た目は普通でなくても、少なくともその事で気後れするような事はなくなっていました。

むしろ、見た目に普通でない自分が、周りの要求に対して億する事なく事に当たれるようになってたのですから、満足感がありました。

就職し、自分の見た目がどうであれ、人と同じように仕事をし、苦手な事はあるにせよ、人並み程度に働く事ができる事が分かると、僕は自分の痣の事など忘れました。

痣の事を気にする人はいたけれども、僕の方では無関心でした。自分に与えられた仕事を全うする事。人が、「大丈夫なのだろうか?」という疑問の目線で僕を見ていたとしても、僕は痣の事などないかのように働きました。

仕事が普通に回っている限り、僕は痣の事など気にせずに社会生活を送れるようになりました。

今でも、仕事をしていると、「ちょっと一目置かれる」立場に自分をおかないといけないという面倒な状況におかれている事は確かです。
普通の人より優秀である必要まではないのですが、人とはちょっと違う視点でモノを見る癖がついています。
「手塚はちょっと変わった人だ」くらいの感じでしょうか。

でも、その「ちょっと違う」事で自分の立場を維持しているのですね。
これからもそれは変わらないでしょう。

面倒くさい事ですが、これだけは仕方がない事なのかも知れませんね。
なんにしても、かれこれ35年間、そういう生き方をして来たので、今更それに不服を言うつもりはありません。
もう慣れちゃったし、おかげで得たものも大きいから不満はありません。

こういう状態を「肯定的自己」と言うのかな...。

そう考えている今日この頃。