ユニークフェイス講演企画

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2011年4月30日土曜日

人格形成

について、最近いろいろ考えます。

人から見て、僕ってどんな人間なんだろうなあ〜。と、シンポジウムに参加する事になってから考え始めました。

最近は、人当たりもだいぶマイルドになっていると思うし、そうそう問題も起こしてないように考えていたんですが…。

やっぱりいろいろありますね(=_=;)

自分が普通とは違う外見を持っている事により、潜在的には劣等感があるのだろうという事をまず思いつきました。

え?今まで気づかなかったのかって?
ええ、意識しませんでした。
人と違う事は重々承知だったし、それで嫌な思いもしましたから、「厄介だなあ」とは思っていましたが、いわゆる「コンプレックス」みたいなものは何故だか表面化しなかったんですよね。

でも、何故気づかずに来たのかを考えると、いろいろとありますね、人格的なものが。

簡単にいうと、僕は「人を見下している」人間です。かなり語弊があるな、この表現。

言い換えると、「まあ、気にする奴は勝手に気にしてろや。俺は知らん」というスタンスであるというか…。
全然フォローになってないな。

見た目に関わらず、他の事でも他人に何か言われたり、されたりしても基本的にノーリアクションなんです(怒る事は多々あり。それで世をはかなんだりしない)。

自分の考え方、価値観があって、それについては他人には口出しされても無視してしまう。
コレ、相手が誰であっても基本的にはおんなじ。

おかげでおかしな誤解を受けたり、不必要に敵を作ったり、苦労します…。

でも、それを解決するためにへりくだったりするのが「大っ嫌い」なんです。
もう、どうしてかなっていうくらい、この部分に関しては変えられない。

なので、人によっては僕を「頑固」「偏屈」と見なしているようです。

あーそうさ。頑固さ!偏屈さ!だから何だっていうんだよ。

理解不能?結構、理解される必要性を感じない。

うわあ…。かなり問題がある人間ですね。
よく社会人やってられるなあ。

と、思いました。

でもそれって、やっぱり根っこに劣等感があって、それを打破するために自分で作っている防壁なんですよね。

気がついたからって、そうそう変えられるものではないし、だいいち変えたらどうやって生きていけば良いのか、皆目見当がつきません。
とはいえ、当面自分を変えるつもりはない!とまでは言い切りませんが。

というのも、この歳になって(35歳)いい加減長い事普通に社会人をやっていて、それなりに仕事を続けていると、もう見た目とか実際には関係ない感じになっていて、そんな事より、より良い仕事をしてもらいたいという職場からの要請もある訳です。

もういい大人なんだから、普通にやってくれよという声が(聞こえはしないけれど)あるのです。

それには応えんといかんなー。

と、そんな事を考える今日この頃。

意地をはり倒すのもそろそろやめるか〜。

でも、なんか自分がつまらない人間になってしまいそうでね…。
こんな面倒な事を考えなきゃならないのも、そもそも見た目に普通でないからなんですよね。だから難しい、厄介な問題。

一人くらいとんがってて扱いにくい人間がいたっていいじゃんかー。

というのは甘えでしょうか?甘えですね。分かってます。
さて、僕は物わかりのいい人間になるのでしょうか(^-^;;)

異文化間教育学会シンポジウム

超久しぶりの更新になってしまいました。
地震で直接被害を受けた訳でもないのに、何故だか言葉が紡ぎ出せない感じでした。

で、タイトルですが、シンポジスト(?)として参加する事になりました。
テーマは、「偏見の形成メカニズムと低減のための教育」
6月12日9:30〜12:00
場所はお茶の水女子大学共通講義棟201教室
です。

昨年の駒澤大学でのリビング・ライブラリーでお世話になった坪井先生からのご推薦です。
当日は、これまたリビング・ライブラリーでお世話になった、獨協大学の工藤先生も登壇されるという事で、ご縁を感じますね〜。

僕の役どころは、見た目に問題を持って生活してきた中で受けた偏見について実体験を持つ当事者が語る、というものです。

と言っても、たいしたお話ができる訳でもなく、当事者の実際についての事例提供のようなものです。

具体的な内容は、偏見というよりも差別の体験について語る事になると思います。
偏見を起点として、差別が生じ、そこで当事者がどのような防衛を行なって生きているか。
また、どのような問題に直面しているのか、どのように対応しているか。

個人ではどうにもならない社会という目に見えない「システム」が作り出す「偏見」。
これをどのように低減していく事ができるのか?
僕は一当事者でしかないので、専門の先生方がどのような方策を考え出されるのか、大変興味があります。

マイノリティーに対する、個人個人が無意識に、かつ反射的に起こしてしまう「偏見」というバケモノ。ひとつひとつの「偏見」はたいした問題ではないのかも知れないけれど、それが社会という集団の中でまとまった形になってしまった時の恐ろしさ。
そういった事について学べるのではないかと期待しています。

さて、本当に僕で大丈夫なのでしょうか(=_=;)

楽しみな気持ちと、やや不安な気持ちを持ちつつ…。