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2011年5月21日土曜日

偏見

偏見、へんけん、ヘンケン?

偏見てなんでしょうか?

そんな事を、ぼうっと考えながらここのところ過ごしていました。
いや、それは言い過ぎか。

今日、ある人と話をしていて、話題は「結婚」だったのですが(また微妙な話題だな。ちなみに僕は結婚の予定はないんだけど)。
細かい話は脇に置いといて、「偏見」というキーワードが自然と出てきたのでちょっと書いてみます。

「外国人と日本人のペアが上手く行くパターンがあるよね」っていう話から、

「それは、そもそも国も文化も違う、ある意味別の生き物と一緒になるという事だから、生活する上で自分と違う考え方や方法に出会っても、仕方ないって納得できるからじゃないかなあ」

という答えを導き出したって訳です(大げさだな)。

で、何が偏見て、外国人に対してではありません。

同じ日本人に対して、です。

つまり、同じ国、同じ文化のもとで育ったんだから、これは「当たり前」だろう。
そういう決めつけがあるから、かえって話がややこしくなるんではないか?

「同じ日本人。なんでこれが分からないかな」

そういうのって、「偏見」だよねえ〜。
と、話していたのでした。

100の国があれば、100の「当たり前」がある。
100の地方があれば、100の「当たり前」がある。
100の家庭があれば、100の「当たり前」がある。
100人の人がいれば、100の「当たり前」がある。

ほら。外国人だろうと、同じ日本人だろうと、条件は一緒。

当たり前の事ですが、普段となりにいる「その人」も、自分とは違う「常識(考え方)」を持っている。

分かりあうには、お互い譲歩しなければならない。
もっと簡単に言えば、「仕方ないよね」とお互いを許しあわなければ上手くいかない。

とは言っても、この手の話の落としどころは大体決まっていて、

「違う事を認めあう」

てな事になっちゃって、ありきたりな答えにしか辿り着けないんだけど。

分かっちゃいるけどできないから、難しいのよね。「偏見低減」。