ユニークフェイス講演企画

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2011年12月31日土曜日

今年も一年お世話になりましたの振り返り

2011年も終わろうとしています。

当事者活動を始めて1年半くらいになったでしょうか?
はじめは軽い気持ちで、できる事をやっていこうとぼんやり考えて取り組み始めました。
今もそれは変わっていませんが。

始めてすぐに気づいたのは、自分自身は見た目の事について既に問題としては捉えていないという事でした。つまり、もう悩んでいない。

だから、いままさに悩みの真っ最中という方の気持ちに心から共感するという場所に自分はいないのだなあとつくづく思い知らされたんですね。

でも、この1年半の間にいろいろとイベントなどに参加させていただく中で、自分の過去の辛かった体験などをあらためて掘り起こす作業などをしてきました。

いまは、過去の辛かったという体験も、当時より客観的に見る事ができるようになったし、それが現在にどのようにつながっているのかも明確になりました。

一番強く思うのは、当時苦しんでいた体験も、いまでは自分自身の成長に必要不可欠であったという事です。

見た目に問題を抱えていようが、いまいが、社会に出て生きていくという過程の中では様々な試練というか、壁というか、そういうものに直面します。
何となく、そういったものを乗り越えて行く人もたくさんいると思います。

でも、見た目に普通でないという属性を持っていたがために、より自覚的に問題に取り組んでいく必要性に迫られたという側面はあったと思います。
それは、普通の人と比べたら大変だったのかなあと振り返っている次第。

それでも、それは悪い事じゃなかったなあというのがいまの僕の実感です。

何となく通過するのではなく、その都度「これはどうしてこうなっているのか?」「どうしたらこれを解決できるのか?」と考えながら生きる習性が身に付きました。

そんな中で手に入れた生きていく上で必要なスキルはたくさんあった。

だから、いまも苦しんでいる当事者の人は、現状に悲観的にならず、前向きに生きていって欲しいなあと心から思います。

こんな風に生きている当事者もいるんですよ、って。

僕は、いろいろな体験をしていく中で、自分自身の意見ははっきり主張していくというスタンスを手に入れました。
普通の人は逆にこういうスタンスは取りにくいみたいですね。

見た目に普通でないから目立ってしまう。
普通の意見を述べているだけでも、発言が不必要に強調されて、尾ひれがついて話が大きくなってしまう。そんな経験を何度も強いられた結果、どうせ話が誇張され(時にはねじ曲がって)て伝播していってしまうなら、思い切って本音を話してしまった方が清々する。

誰でも言いそうな意見が僕のものとして勝手に広がってしまうなら、僕しか言わないような事を堂々と主張して、それが広がっていく方が楽です。

どの辺で話が歪曲されていくのかも把握しやすいですし、それならば間違った情報の管理も楽です。間違って伝わったところにピンポイントで「そんな事言ってません。僕が言ったのはこう」って修正できるから。

誰が言ってもおかしくない内容は、それが誰の発言とされているのかが判然としなくなっているので、わざわざ修正していいものかどうか迷うんです。ただなんとなく僕が言ったような話になっている、というのは対処がしにくいです。

その点、持論を意識的に発信している場合、その発言には当然自分自身の責任というものがついて回っていますから、何かの弾みでクローズアップされた時に僕自身が前に出て行きやすい。

発言や行動に責任を持つというのは、当たり前のようでいて、実際には意外と社会ではないがしろにされている部分だったりします。
むしろ、発言に匿名性を持たせる事で集団の思想をコントロールするような動きをする人が多いですから。
「みんなこう言っている」なんて話のほとんどは、意図的にそういう方向にもっていきたい一部の人たちの「工作」だったりします。

その点、普段から自分の意見をはっきり言っていると、普通にスルーされる事も多いけれど、本当に同意してくれる人が現れ出すと本当にその意見が「みんなもそう思っている」に変わっていくので手応えがあります。

まあそんな、世間に対する駆け引きみたいな事を楽しむ事ができるのも、こんな見た目に生まれてきたおかげかと思えば、まんざら悪くもありません。
どうせ風当たりが強いのは同じ事ですし。

まあ、「面の皮が厚くなった」ということでしょうか?

「できること」をやらない選択肢はあるけど、「できないこと」だらけでは選択肢が限られちゃいますから、「できること」をいかに増やすかが生き易さの獲得には必要不可欠。

そんな事を考えながら生きている今日この頃。年末なので軽く振り返ってみました。

来年もよろしくお願いいたしますm(_ _)m

2011年12月12日月曜日

明治大学ヒューマン・ライブラリー

今年も参加してきました!

あれ?どこだか分かんないな、この写真…。

明治大学駿河台キャンパス、「リバティータワー」です。
今年も「本」として参加してきたのであります。
ここの11.12Fを会場として「ヒューマン・ライブラリー」が開催されたのでした。

さてさて、今年の明治ですが、僕の「タイトル」は

「この顔にもいい加減慣れましたw」

でしたとさ。
まあこの、「タイトル」って奴が結構頭使うんですが、実際のところコレ見て皆さんどう思われるのでしょうか?<今更かよ

午前中は何たることか、このタイトルが悪かったのか、僕には予約が一度も入らずorz...

「今日はお弁当食べにきました」

という笑えない(実際みんな苦笑いw)状況で。
不安を抱えつつ <実はそうでもない
午後の部へ。

結果から言うと、午後は全部の枠が埋まりました。ありがたやー。

本日の「読者」の皆さんは、一般の人(この表現、いい加減正しいのか分からなくなってきたぞ)から当事者、当事者関係者などなど、バラエティに富んだ4名の方でした。

「読者」の方のプライバシィもありますので、詳しいことは書けませんが、ざっくりとレポートしますと…、というか、振り返ると。

「ヒューマン・ライブラリー」という企画自体が偏見低減のための取り組みという事情もあり、「僕がどう生きて(考えて)来たのか?」何に「悩んだ(あるいはなぜ悩まない)か」というあたりが皆さんの訊きたいことのようでしたね。

読者「見た目についてどんな悩みを持ってますか?」

「悩んでません(キリッ」

ヲイヲイ…。

まあ、冗談はおいといて(ほんとにそう言ったんだけど)
「今は」悩んでないんですよ。サクッと言うと、ですが。

「昔は」悩んでましたよ。人並みに(何が人並みか知らないんだが)。

そうねえ…。高校生くらいまで?悩んでたの。
いや、そのあとも微妙に悩んでたな。就職とか考えなきゃいけなかったし。
でもまあ、就職とか、誰でも悩むし(事情が違うか)。

真面目な話、社会人になったら、見た目で悩んでる暇なんかなくなったんです。
覚えなければならないことが日々目の前に積み上っていきますし、課せられた仕事はこなさなければなりません。

見た目がどうとか、そんな言い訳は通用しないんですよね。当たり前ですが。

つまり、重要なのは「使える」人間かどうか。

見た目がどうであれ、やるべきことをやっている人間をいちいちいじめる程社会ってもんは暇ではありません。僕の周りを観測した限りでは。
もちろん、妬みとか、やっつかみとかはあるかも知れないです。
でもね、妬まれる程僕は有能じゃない。ありがたやー。

仕事をしていて嫌な思いをすること?
ありますよ。普通に。
でも、みんなそうだと思います。
仕事していて、嫌な思いをしたことない人っていないと思います。

組織というモノの中で働くって、どうしてもそういう「嫌な」要素を取り除くことは難しいと思います。
つまり、人間関係の軋轢みたいな物です。
どんな組織でも、大なり小なり派閥的な物や「仲良し組」みたいな物はありますし、そのどこかしらに属せば、当然対立するグループからは疎まれたりするもんです。

だから、そういう物はとりあえずおいておくとして、「見た目に問題を抱える」がために悩んでますかと問われれば、

んなこと考えてるよゆーはねーだ!

と答えます。
もちろん、見た目を理由に「弄られる」ことはあるかも知れません。
でも仕方ないよね、ある程度は。
だって、

弄りどころ満載(は言い過ぎだが…)

であることは否定できないもん。
でも、そんなのはたいして悪意があっての物じゃあないです。
軽ーく受け流しちゃって下さい。
太ってたり、若干生え際が平均より早めに後退する方がいますよね…、そういう人がからかわれたりするのって、止められます?
誰かの失敗をネタに笑うことって、ありません?
僕はたくさんあります。

人のこと言えねーだ。

話の筋は外れてますが、ついでに付け加えておくと、こういう「組織」の嫌な部分て、その気になればある程度避けられます。あくまでも、「その気があれば」ですけど。

簡単に言うと、どこにも属さなければ良いのです。
どのグループにも属さない。
自分の考えに近いグループにその都度入り、その話が終わるとスーッと出て行く。
どのグループとも考えが違えば、どこにも入らず自分の意見は言う。

まあ、出世はできないと思うので、その覚悟があればという話ですが…。
要は何をとるかという問題で、上手く世間を渡りたければ、ある程度周りに流されるのが良い訳です。

僕は、自分が納得できない話に同調して、あとで後悔するのが凄く嫌なので、多少デメリットがあっても自分の意見は言わせてもらうことが多いです。
はっきり言って、お勧めできない方法だと思います。
自分でも、もう少し上手く立ち回らねば(フッフッフ)
と目論んでいるところです。

で、今度こそ話を元に戻すと、
「使える」人間を目指しましょうということに尽きるということなんですよね。

これねぇ、当たり前すぎることなんですけど、実際すっごく難しいことですよ。
つまり、「優秀になりましょう(^-^)」って言ってるのと同じですから。
そんなの、簡単にいきませんよ。
だから、ずーっとこれ目指して働く訳です。ゴール、たぶんないです。エンドレスです。
全力でやるこたぁないと思います。マイペースでやりましょう。

あーっと、大切なことを忘れていました。
働くと、「お給料」が出るでしょう?
コレ、大事です。

「使える人間」を目指す=頑張って働く

それによってお給料がもらえる。
まあ、生活費とかいろいろあるからだいぶ目減りしますけど、
残りはどう使おうが自分の自由。


どうでしょう?これだけでも多少嫌な思いしても働く意味があると思うのですが。
僕自身は今の仕事が嫌いじゃないし、働くことに抵抗はないんですけど(ここ強調!)、気後れするという方はぜひ一度考えてみて下さいまし。


みたいな話を(相当ごちゃ混ぜになっている上に見た目についてほとんど触れていないぞw)してきたのでした。

それにしても、ヒューマン・ライブラリーって、疲れますね。
初対面(でない人もいるけど)の人と、いきなり真剣に語るというのはある意味「勝負」です。いかにして考えを伝えるかの勝負です。

脳味噌フル回転〜。

あっ、アドレナリンが、お?なんか気持ち良くなってキタッ!<変態かっ

僕を「読みに」来て下さった方、ありがとうございました。
また、この無駄に長い文章を最後まで読んで下さった方にも感謝ですm(_ _)m

すみませんねえ…。結論も考えないままに書き出すものですから。