ユニークフェイス講演企画

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2012年2月20日月曜日

ちょっと思い出したので

書いておきます。

自分の子どもの頃の事って、意外と忘れちゃうもんなんですよね。
結構キツい思いもしていたはずなんですが、それでも忘れちゃう。

細かいエピソードなんかも、人に訊かれない限り思い出しませんねー。
ホント、みんな訊いて!訊いてくれないと思い出せない!

訊いてくれたらこのブログのネタも増えるんだけどなー。<他力本願

で、思い出した事ですが。

最近、知り合いの子ども(小学5年生)とよくカードゲームをするんですよ。
ポケモンとか、遊戯王とか(ちょー苦手)、デュエマとか(分かる人にしか分からんな)。

カードゲームって、結構バカにできません。
戦い方に性格が出る。

知り合いの子は、まあ強気な勝負をするんですよ。
自分が持っている、あるいはこれから来るはずであるカードの「最強の手」を「来る」モノとして待ってるんですよ。信じて待ってる。
まあ、本当に良い手が来る事もあるし、全然来ない事もある。
でも、「攻め」と「守り」が結構はっきりしているんですね。
中途半端な手を打たない。
打てないんじゃない。「打たない」んです。

たぶん、彼にとっては一回の勝負はそんなに大切じゃない。
どうでもいい訳ではない(だって本気で勝つ気でいるし)、あくまでも自分の望む形での「勝ち」を狙っていて、そのためには何回か負けてもいいと思ってる。
「でかい勝ち」を一回とれれば、それまでの「小さい負け」なんか気にならないんでしょう。

ああ、自分はそんな子じゃなかったなあ、と思ったのですよ。

今、手の内にあるカードの中で最良の手を考える。せいぜいちょっぴり良いカードが来るのを期待する程度の子どもでした。

何が違うのかなあ…。

と、ぼんやりと考えていました。
あ、そうか。

自信

か…。
自分自身の運に対する自信じゃない。自分の持っている(であろう)力に対する自信です。
それに懸ける気持ちが、たぶん子どもの頃の僕と彼では違う。

僕は、「最悪の場合」を考えて生きている子どもでした。
今でもたぶん、このスタンスはあまり変わっていない。
失敗した時の事を考えて、小さく小さく生きていました。

それに、
「この一回で負けたら、終わりかも知れない」
みたいな考え方をしていましたね。

つまり、チャンスは何度も来ないと思って生きていたんですよ。
子どもなんだから、何回負けてもいいはずなんですよ。それで人生決まったりしない。
でも、「何度戦えるのか分からない」という日頃からの人生の在り方が、幼い僕をこういう「小さい生き方」に縛り付けていたんでしょう。

こういう事って、結構ありません?
身に覚えありません?
今の自分がそうじゃないって、言い切れます?

僕は、未だにこういう考え方から逃れられない自分を自覚しています。

もちろん、世の中そんなに甘くはないし、実際チャンスは限られるとは思いますよ。
でも、大きな手を打つ勇気を持ち辛いというのは結構不利です。
いつも小さい手を打っていると、生き方が小さくなります。
でも実は、人生って結構やり直しがきいたりするんですよね。

そんなんで「小さい生き方」しかできない人生は嫌だな〜

と、今更ながらに思った今日この頃。

そう言やあ「ブラックジャック」とかやってても小さいベットを賭けてばかりだもんなあ。

勝負に出る

という行為が既に未知の領域だもん。
イカンイカン。そんな事ではイカンのです。
でも、分かっちゃいるけど簡単には変えられないのよ〜。

じゃ、勝負してみる?賭けてみる?

いやあ!その勇気はなかなか出ないわ!


生き方ってのはなかなか変えられないもんです…。